カンボジアレストランが襲われた理由
営業を再開していたカンボジアレストランには昼下がりの時間に訪れた。外のテラスのテーブルは客でほぼ埋まっている。店員は若者が多く、インド系だったり、フランス人だったり、もろもろだ。
日射しが強いこともあり、室内に入ってみて、驚き、そしていままでの疑問がすっと氷解した。そこは、まったくカンボジアとは無関係な空間だった。銀色の壁、薄茶のテーブルが日射しを帯びて輝き、フュージョン系の心地良い西洋音楽が流れていた。向かいのカリヨンはジャズ、こちらはフュージョン。西洋そのもので、バタクラン劇場と同じだ。その意味で、テロリストは同時多発テロまでは、入念にターゲットを選んでいたといえる。
私は奥の席に座り、カンボジアラ―メンのクイティウ(=もやし、青ネギ、イスラムの禁じる豚肉から成る)を注文し、これまでパリで入った、エスニックレストランに思いをはせた。中華、レバノン、インド、ベトナムなど。日本レストラン(フランスでは浮世絵、映画、漫画の影響からか、文化格付けの上位?)を例外として、客の入りとレストランの在り方にひとつの傾向があるように思えた。
このカンボジアレストランは、外装も内装もカンボジアの色彩を排し、西洋音楽をかける。フランス人には人気店となる。まさにフランスの移民政策の同化主義に添った店。フランスそのものといっていい。一方、自国文化を尊重した造りのエスニックレストランは、味は悪くないのに、客の入りはもうひとつだった。
すなわち、フランスに住む移民族たちは、西洋風にするか、自国文化を押し通すか、フランス人とテロリストの両方から厳しく踏み絵を迫られている。その象徴が、このカンボジアレストランだったのだ。
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