ここまでやるのかという節制ぶりと徹底ぶり。社員食堂では輿水が現れると、すぐに天ぷらうどんを準備したとか。
「ま、自分の気持ちの問題だけなのかもしれませんけどね。私が長くかかわってきた研究所や貯蔵、熟成部門の評価者はブレンダーなんです。開発者自らは評価できない。ブレンダーの評価が不安定で、同じものなのに前に言っていたことと違うなどということは、研究所や現場で仕事している者にとってはとんでもないことなんですよね。だからブレンダーになった時、正確な評価ができる正確なセンサーになりたいって思ったんです」
今、輿水は日々の緊張から解放されて、名誉チーフブレンダーという自由にウイスキーとかかわれる立場になっているが、節制の習慣が染みついてしまって、生活は変わらないらしい。「バーに行くと、一番緊張しちゃいますからね」と苦笑い。ただ、自由な立場になって、大規模展開ではむずかしいけれど小規模なら可能な新しいウイスキーを作ってみたいという夢が生まれたという。
「高齢社会で、自分も高齢になってきて、現役バリバリの時に感じたおいしさと70代80代になって感じるおいしさって同じなんだろうかって思うんです。高齢者にとって『これがうまい』っていう味があるんじゃないかな。何か違うものがありそうな気がして、それを形にできたらと考えているんです」
それに加え、開発部門と一緒に、20年後に花開くもの、30年後が面白そうなものなど未来に思いを馳せながら樽に詰めた原酒が、後に続く人たちの手でどんな花を咲かせてもらえるのか、そんな楽しみもある。
「これから世界のウイスキーにはイノベーションが起きるはずです。火をつけたのは日本です。20年後、きっとダイナミックに変わっていると思いますよ」
20年後の変化を見届けたいと思えば、長生きしなければならない。高齢者がゆったりと楽しめる味わいのウイスキーを片手に、そんな日をのんびりと待っていられたら、それはきっと過去と現在と未来をつなぐ贅沢な時間なのだろう。
(写真・石塚定人)
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