「アメリカ、ベネズエラで、これだけの成績を残しても、メジャーからのオファーは来ない。これだけやってダメなら、しょうがない」
元から2年はやると決めていた。翌年も、独立リーグではオールスターに選ばれるなど活躍。ベネズエラのウィンターリーグを含め、台湾、イタリアからもオファーは来た。しかし、その全てを断った。
「海外にいると、みんな家族第一の生活をしていてね。俺も、家族に近いところで野球をやりたいなって思った」
数々のオファーから社会人野球を選んだワケ
新日鐵住金かずさマジック。新日鐵君津を母体とした社会人野球チームに、コーチ兼任選手として復帰。社会人野球を選んだのは、家族の近くで野球をやるということとは別の理由もある。
「社会人野球のプレッシャーはすごいんだよね。WBCは負けても野球を続けられるし、自分のチームに戻れる。でも、社会人野球ってさ、負けたら、チームがなくなるかもしれない」
それに、と言って続ける。
「社会人時代、負けたら廃部かもという試合で先発して、打たれた。無死満塁で代わった先輩のピッチャーが、三者連続三振に抑えてくれて、都市対抗に行けた。あの試合で抑えられなかったこと、これは、まだ清算できていなかった」
16年、都市対抗出場がかかった試合に8回から登板。延長13回までの6イニングを0点に抑え、チームを都市対抗出場に導いた。
「この試合で、過去にやり残したこともなくなった。世界中で好き勝手やらせてもらえた。もう、投げることはないと思う」。不世出のサブマリン、渡辺俊介。現役投手としてやるべきことを、全うした。
勝てば世界一のWBC。ベネズエラでの2万人のスタンディングオベーション。負けたら廃部の社会人野球。いくつもの普通ではない体験が、渡辺から無駄な感情の起伏を消していく。
「こうなろう、こうなりたい、という将来のことを考えたことは、これまでもなかった。今、求められていることに全力で取り組むだけ」
落ち着き払った声が、室内に響く。
「じゃあ、選手たちをみっちり鍛えてきます」
取材を終え、コーチとしての顔を見せたとき、これまで見えなかった感情が少し、垣間見えた。選手の元に走っていく足取りが、妙に軽く見えた。
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