Wedge REPORT

2017年5月12日

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安井至 (やすい・いたる)

持続性推進機構理事長、東京大学名誉教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程終了後、同生産技術研究所で助手、講師、助教授、教授。同国際産学協同研究センター長を経て58歳で辞職し国際連合大学・副学長。科学技術振興機構、製品評価技術基盤機構理事長を務めた後に現職。

 確かに、例えば今回話題となったベンゼンは、世界保健機関(WHO)の組織、国際がん研究機関(IARC)がグループ1に分類する本物の発がん性物質で、大量に吸引したときには、骨髄性白血病の原因になりうる。そこで、ベンゼンの環境基準はかなり厳しく設定されている。地下水では1リットルあたり0・01ミリグラム以下とされており、その水を1日2リットル、70年間飲んでも発ガンリスクは10万分の1上がるにとどまる。

写真を拡大 豊洲市場で問題となった各物質の地下水の環境基準
(出所)環境省の公開資料を基にウェッジ作成

 つまり、仮に環境基準を上回ったからといって、それを完全に取り除く必要はない。実質的に人の健康にどの程度の悪影響が出るのかを検証して対策を施すことが重要だ。

 例えば、環境基準を100倍以上超したベンゼンが地下水に含まれていたとしても、その地下水を散水して、揮発したベンゼンを市場関係者が吸うといった状況が起きなければ、危険な事態にはならない。豊洲市場では、当然のことながら、床の洗浄に地下水は使われず、水道水、あるいは、ろ過海水が使われる。もちろん、魚などを洗うためには、水道水だけが使われる。

 豊洲市場の中の空気についても、豊洲市場はコンクリートで遮蔽された空間なので、土壌中のベンゼンが気体となって市場に侵入する量はほとんどないと考えられる。すなわち、消費者が豊洲市場を起因として被害を受けるリスクは、限りなく低く、十分受容できる範囲である。

 

 歴史的にみると、沿道での大気中のベンゼン濃度が環境基準を満たすようになったのは、1999年度になってからである(東京都の測定データ)。ベンゼンはガソリンの中に大量に含まれていたからだ。96年になって初めて、含有量が5%以下に規制され、2000年以降は、1%以下にまで規制された。それ以前には、ガソリン中に含まれるベンゼンの濃度に規制はなかったので、その時代の含有量は不明である。ガソリンスタンドに給油に行けば、かなり濃いベンゼンの蒸気を吸入していたことになる。

 豊洲市場では昨年の4~5月に青果棟などの空気に含まれるベンゼンの測定が行われ、結果として1立方メートルあたり、0・0006~0・0019ミリグラム含まれていた。これは最大でも環境基準のほぼ6割程度であり、東京の大気とほぼ同程度であったにもかかわらず、土壌汚染が原因であると断定した報道も行われた。

 この記事では、市場で働く人の健康が心配であるという専門家の指摘も記載されているが、労働環境の基準値、すなわちほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される空気中のベンゼン濃度は、環境基準値の100~1000倍も高い値に設定されている。

 このような事実は、環境省の関係者であれば十二分に分かっているはずであり、小池知事は9回目の地下水調査の結果が出た時点で「この結果は科学的に安全で、移転を左右するようなものではない」ことをハッキリと打ち出すべきだった。

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