2024年7月16日(火)

海野素央の Democracy, Unity And Human Rights

2017年7月1日

感情移入のオバマと全身全霊のクリントン

 筆者がアメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント研究所の客員研究員であった時、ジェラルド・フォード元大統領のエネルギー政策について演説を書いたスピーチライターと遭遇しました。彼は同大学で筆者が行った一般公開の講演に参加してくれました。その彼が演説で最も重要な要素に「コネクト(気持ちが通じる)」を挙げていました。演説者と聴衆の心と心が通じなければ、効果的な演説はできないと言うのです。オバマ前大統領は演説の冒頭で、聴衆と自分の心に橋を架けることに優れていました。

 ではどのようにして橋を架けたのでしょうか。オバマ大統領は、地元の大学バスケットボール及びアメリカンフットボールのチームの試合や成績についてフィードバックをします。聴衆を引き付け、心が通じてから本題に入るのです。

 安倍首相もそうですが、オバマ前大統領はストーリーテリングを活用します。例えば、2013年の一般教書の中で、就任式のパレードに参加した15歳の少女がシカゴで銃殺された事件について物語風に語っています。

 コネクト及びストーリーテリングに加えて、感情移入もオバマ前大統領の演説の特徴です。感情移入が含まれた同大統領の演説を紹介しましょう。

 2011年5月フランスで開催された主要8カ国首脳会議(G8サミット)が終了すると、オバマ前大統領は即座に米国ミズーリ州に向かい、そこで発生した竜巻の被災者に向かって演説を行ったのです(現地同月29日)。同前大統領は、被災者に感情移入をして、彼らの気持ちを汲み取った演説を行っています。「あなたたちは一人ではない」「あなたたちと一緒にいる」「あなたたちのことを思っている」と述べ、被災者の孤独感を和らげるメッセージを送ったのです。というのは、彼らは被災地を訪れている多くのメディア関係者はいずれいなくなり、自分たちは忘れられるという不安を抱いているからです。

 ホワイトハウスの記者会見でもオバマ前大統領は、感情移入をした発言をしています。2012年2月にフロリダ州でアフリカ系のトレイボン・マーティン氏(当時17歳)が自警団員に射殺された時もそうでした。同前大統領には2人の娘がいます。同年3月23日、この事件に関して「もし自分に息子がいたら、トレイボンのようだっただろう」と述べました。2013年7月19日、マーティン氏について「35年前の私だったかもしれない」と語ったのです。いずれも感情移入をした発言です。

 オバマ前大統領の非言語コミュニケーションについても特徴を挙げてみましょう。2015年5月5日米大統領選挙の真最中、南部バージニア州の州都リッチモンドにあるバージニア・コモンウエルス大学でオバマ大統領(当時)は集会を開きました。私事で恐縮ですが、その時オバマ夫妻と個別面会をしました。演説の中で、同大統領は前かがみになって顔をマイクに近づけて、両手を使いながら「私と戦ってくれ」「最後の選挙だ」「国を前進させよう」「やり残したことを遂行しよう」と強いトーンで呼びかけて支持者を鼓舞していました。

 最後に、クリントン前国務長官の演説です。同前国務長官は、2016年米大統領選挙において「普通の米国人のために戦う」「一緒になればもっと強くなれる」「愛が憎悪に勝つ(Love Trumps Hate)」というメッセージを発信しましたが、浸透に苦戦を強いられました。というのは、クリントン陣営における筆者の戸別訪問の経験に基づきますと、同前国務長官はエスタブリッシュメント(既存の支配層)とレッテルを貼られていたので、一部の有権者から聞く耳をもってもらえませんでした。しかも、母親の人生を物語に仕立てて紹介したのですが、効果が出ませんでした。戸別訪問の最中、頭から同前国務長官のメッセージを否定する有権者と直面しました。

 クリントン前国務長官は、夫のビル・クリントン元大統領及びオバマ前大統領のように聴衆を鼓舞する演説はできなかったかもしれませんが、決して演説が下手な訳ではありません。同前国務長官は、両手を大きく広げたり、拳を作って体全体を使って演説を行います。米軍最高司令官を目指した同元国務長官は、身長が低くしかも女性であるために、非言語コミュニケーションを活用して強いリーダーを演出する必要があったのです。ただそうしても、エスタブリッシュメントという固定化されたイメージ並びに私用メール問題が、メッセージの浸透に対する阻害要因になった点は否めません。

 以上、4人の政治指導者の演説の特徴を挙げて比較しました。メッセージ性、ストーリーテリング、非言語コミュニケーション、コネクト及び感情移入は、効果的な演説のポイントになっています。

  
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