2024年11月22日(金)

“新まちづくり”のキーパーソンたち

2017年7月13日

 実際、店頭に立ち並ぶポップの情報は量、密度ともに圧倒的だ。しかし、情報を伝えるのはポップやラベルだけではない。その人懐っこいキャラクターから繰り広げられるトークこそが、「こだわり商店」が誇る最大の情報端末なのだ。取材中もほとんどの客が安井さんに話しかけ、店主もそれに気さくに応じる。生産者の個性からおいしい食べ方まで、トークの情報密度はきわめて高く、商品よりもそれを目当てに来ている人も少なくなさそうだ。

 Amazon Go(米アマゾン社が開店を計画しているレジのない食料品スーパー。専用アプリを入れたスマートフォンを入口でかざし入店、あとは好きな商品を持ち帰ればアマゾンのアカウントに自動で課金される)のような売り方って、必然的にやってくると思うんですよ。リピート購入を促進する巨大な仕組みがあちこちにあるなかで、店長のキャラクターがお客さんに鮮明に焼き付かないと、小売りはやっていけない。

 最近、NHKの番組でうちの店が紹介されたんですけど、テレビを見て来る人は、普通は一回しか来ない。でも放送から3週間以上経っても売上が落ちていないから、リピーターになってくれたんでしょうね。千葉の松戸から週2回来てくれるお客さんまでいるんですけど、電車や都電を乗り換えて50分以上かけて通ってくれるなんて、普通はありえないですよね。良い商品というだけのマグネットだけじゃなく、こんな体型でこんなキャラの店長としゃべりたいとか、いくつものマグネットがないとお客さんは吸い寄せられてきてはくれません。

 安井さんがこだわり商店を開店したのは2009年10月のこと。同年3月には、父から引き継いだ直営3店舗、テナント8店舗のスーパーを閉店させた。祖父が総合食肉問屋として開業し、店を引き継いだ父の安井潤一郎氏がスーパーマーケットへと展開していった「稲毛屋」が、こだわり商店の前身だ。父が社長でその弟が専務、その弟が常務で妹が経理という親族経営で、安井さんはいとこたちと共に3歳の頃から店頭に立ち、小学3年生のときにはタイムカードを渡され、小遣いは時給制となった。安さが売りで、30数坪の店ながら年商は7億円、「あまり利益は出ていなかった」と言うが、坪効率では関東地方のスーパーで1位になったこともあるという。

 12月30日の朝、子どもたちに「この山を全部売れ。全部売ったらお年玉をアップしてやる」なんて言うんです。子どもの側も必死なので、どうやったら売れるかを考える。入口で「いらっしゃいませ」なんてやってもダメで、出口のあたりでいかにも寒そうに震えながら小さな声で売るんです。「かわいそうに。お父さんにやめさせるように言ってあげる」「……言わなくていいです。買ってください」なんて(笑)。子どもたちだけで25万円分売ったりしていましたから、えげつない。

 大学生のときは講義にも出ず、1日20時間は働くほど仕事が好きだったという。時給制では給料が高くつくからと、じきに正社員になる。売り場を仕切り、企画を考え……と没頭しているうちに、古くからいた従業員たちは減っていく。彼らの仕事を奪っていたのだ。気がつけば、安井さんとパートだけで回る店になっていた。

 その頃、父の潤一郎氏は早稲田大隈商店会の会長となり、早稲田大学周辺に7つある商店会と古書店街からなる「早稲田大学周辺商店連合会(通称W商連)」と早稲田大学、自治体や企業を巻き込んでのイベント企画を成功させていく。そこにスタッフとして関わっていたのが当時早大生だった乙武洋匡さん、さらに乙武さんの姿に触発されて飛び込んで来た高校一年生が、現在のエリア・イノベーション・アライアンス代表理事、木下斉さんだ。木下さんの「補助金を使わないまちづくり」の原点が早稲田大隈商店会での活動にあることは、著書『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版新書)でも詳しく語られている。

 早稲田大隈商店会の活動は内閣総理大臣賞を受賞するなど全国に知られることとなり、潤一郎氏は年間250本以上の講演活動を行い、日本中を飛び回る。講演先からもらったお土産品が自宅の一室を占拠していたという。

 ある日福島県に行って戻ってきたらお米が30キロ、精米された状態で届いたんだけど、うちの家族じゃ食べきれない。「どうすんの?」と聞いたら「売っちゃえ」と言うんです。いや、ダメだろ、と言ったんだけど「普通に売ったらダメに決まってるだろ。頭を使え、丁寧に売ってみろ」と。たぶん適当に言ってただけなんですけど(笑)。

 当時自分の店で売れていたのは、複数地域のコシヒカリをブレンドした、5キロの1,480円のお米。ためしに炊いて食べ比べてみた。

 とんでもなくうまい。悪いけど、うちで売ってた米にはもう戻れない、と思うほど違う。なんでこんなにうまいんだろうと思って生産者に電話したら、どういう思いで何にこだわって作っているのかがわかった。それをポップに書いて1キロ1,000円で売ったらあっという間に売れたんです。そのことを親父がブログに書いたら、今度は佐渡の生産者から電話が来て、「今年の献上米はうちなので、ぜひ売ってほしい」と。こういう動きは生産者も見ているんだな、とわかったんです。


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