東京・早稲田で食料品店を営む安井浩和さんは、商店主だけではなく早稲田のまちづくりに関わるさまざまな顔をもつ。そのひとつが都電荒川線・早稲田駅の周辺と新目白通りに連なる「早稲田大隈商店会」の役員という立場だ。
「シャッター通り商店街」という言葉が示す通り、地方であろうが大都市圏であろうが商店街の置かれた状況は厳しい。スーパーやショッピングセンターに顧客が流れるだけでなく、ネット通販の拡大で交通事情に左右されない「見えない商圏」が地域の上に覆いかぶさっている。
地域再生の象徴として、全国の商店街に投じられる振興予算は小さくない。ある商店街では、店主たちの写真にユニークなキャッチコピーを付けたPRポスターが全国的に話題になったこともあったが、どれだけ話題になったところで各地から商店街に客が押し寄せるわけではない。あくまでも徒歩や自転車で来られる範囲が商店街にとっての「商圏」であり、補助金付きのイメージ戦略やブランディングでそれを拡大することは難しいだろう。
ところが安井さんはいたって明るい口調で、「商圏は自分たちで作れる」と言い切る。その自信はどこから来るのだろうか――。
「この街みんなであんたのオムツを替えたんだ」
安井さんが営む「こだわり商店」は、安井さん自らが各地を巡って味わったものだけを並べる、約15坪ほどの食料品店だ。地方のスーパーや道の駅で数万円分も買い、あぜんとした店長からあれやこれやと情報を聞き出す。おいしいと思ったものがあればすぐに電話し、生産者に会いに行く。
たとえば、前々から仕入れたいと思っていた和歌山県のクラフトビール醸造元がイベントで東京に来ると知ると、SNSから「20分だけでも時間をください!」とメッセージを送り、会場の外で「出待ち」をする。出てきた生産者をつかまえそのまま酒場に連れ込み、どんな売り方をするか、どんな風にお客さんを巻き込むかと、構想を熱く語る。
「べつにそこまでやらなくても卸すよ?」とどの生産者も言ってくれますけど、だってそうまでして売っているってことを知ってもらえば、「このビールはラベルが少し曲がっているから安井の店じゃないところに卸すか」となるでしょ(笑)。「いやらしいなー、お前は」って言われますけど、それだけで味は変わると思うんですよ。
選んだ商品を売るだけ、一番おいしい商品を売るだけなら、チェーンの高級スーパーと何にも変わらない。イベントで集客して、売れなければほかの商品と入れ替える、それだけです。それは大手がやればいいし、まちにそんな店はいらないでしょう。
「こだわり商店」と名乗っておいてあれだけど、商売の軸は「こだわり」でなくて「好き」なんですよね。作っている人のことが好きなら、そう簡単に商品を下げるわけにはいかない。たとえば「こちらで売っている豆腐よりももっとおいしくて、値段も変わらず、仕入れロットも大きくない豆腐があります」といった営業はよく受けますけど、仕入れることはないです。でも、営業さんからもらった豆腐は、いま仕入れている生産者にも送ります。それでプライドを傷つけられたという人とは付き合いません。一緒にもっとおいしくしようと言ってくれる人でないと付き合いは続かないんですよね。
商品は育てていくものだということを、小売りも消費者も忘れてしまっている気がします。「昨日のあれ、いつもよりおいしくなかったわよ、と言える距離感ではなくなっているんですよね。その距離感を縮めることに力を注いでいますね。お客さんからのフィードバックがどんどん伝わるような仕組みも、いま構想中です。