「人を集める」だけが活性化じゃない
こだわり商店は2009年10月、都電早稲田駅のほど近くの場所に栃木県茂木町のアンテナショップとして開店した。でも「端境期に入荷する野菜が切り干し大根だけ、半年で潰れかけた」という。その後、取引きしていた茂木町の農家の廃業もあり、安井さん自身が全国を回り、50地域から約1200アイテムを仕入れて販売する、現在のスタイルへと変わっていった。
早稲田の街との関わりにおいても、潤一郎氏が相談役に退いたこともあり、安井さんや同世代の商店主が主導するものに変わりつつある。
商店会では事務局長をやってきたんですけど、今年は予算も扱わせてもらえるようになりました。新宿区の補助金を使わないとできない事業もあるけど、幸いうちの商店会やW商連で何かやろうとすると、早大にある4つ学生団体が最大で200人くらい手伝ってくれるんです。これはほかの商店会にはない、うちだけの武器ですね。
これまでやってきた環境イベントや、2004年から続いている早稲田・高田馬場限定の地域通貨(アトム通貨)ももちろん続けていきますけど、今年や来年はもっと違うこともやっていくことになりそうです。たとえば安いタブレットを街なかに設置してデジタルサイネージをやってみようか、なんて話しています。広告収入も得られるし、災害時には避難所の案内なんかもできる。その広告収入で街全体をWi-Fi化することも不可能ではないし、それができればもっとできることも増える。
こういう活動ってプレゼンテーション能力とか事務能力が必要なんですけど、最近うちの商店会に事務作業やパワポの異常に上手な人が現れて(笑)。しかもずっとPTA活動もされていた人だから、警察の許可が必要なイベントもこの人を経由するとすぐOKが出るんです。僕らが考えたアイデアをその人に話すと、あっという間に完璧なスライドを作ってくれる。あんたが会長やったほうがいいんじゃないのってよく話すんだけど(笑)、これだけでずいぶんやりたいことがやれるようになりましたね。
最近、安井さんは街の仲間たちと新しい店を作った。JR大塚駅前と都電向原駅前に2店舗ある「都電テーブル」だ。
都電テーブルを立ち上げたのは株式会社都電家守舎。「都電荒川線沿線のまちの遊休不動産・空間資源を活用したエリアプロデュースとエリアマネジメント」を掲げる同社は、4人の「地元民」によるユニットだ。代表取締役は、住む人が壁紙一枚からカスタマイズできるDIY型賃貸を展開する株式会社まめくらしの青木純さんと、JR目白駅そばの割烹料理「なるたけ」を経営する馬場祐介さん。安井さんと、全国でリノベーションを軸にした地域再生を手がける「らいおん建築事務所」代表の嶋田洋平さんが取締役として名を連ねる。
東池袋、目白、雑司が谷、早稲田と隣りあってはいるものの、異なる街の面々が都電荒川線を軸に事業を展開する。
あるレセプションで嶋田と知り合ったんです。で、しばらくしたら、「雑司ヶ谷の商店会の役員になったから出席してよ」と言うんです。隣の商店会の会合に出るなんて普通ありえないからね、と言いつつも出たりしていた。
そうしたら今度は「10万円もって集まれ」と。絶対に騙されると思ったけど(笑)、気がついたら4人で10万円ずつ持ち合って都電家守舎を作ることになった。
都電テーブルは、4人とも子どもの年齢がだいたい同じくらいで、「子どもを連れて行くことにも、料理を食べさせることにも罪悪感がない店がほしいよね」という会話から生まれました。街にないものこそ作ろう、と。
オーナーが青木、運営が馬場、改装や内装が嶋田、食材はこだわり商店と、リスクを4分の1ずつ分けあってやっているんです。
開店から2年経ち、平日でも予約で埋まるほど人気で、店内は家族連れの姿が目立つ。魅力的な街をつくるために稼ぎ、稼ぐことでもっと魅力的な街になるというサイクルが、現在の安井さんの活動からは感じられる。
商圏は自分で作れる。そう信じてやってきましたけど、本当に作れるんだなとここ数年でわかった気がしているんですよね。今いる街に投資して、事業をすることもそうだし、商店会としてイベントを打って人を集めることもそうだけど、それだけじゃない。たとえばゴミ処理や電力会社との契約を商店会で一括でやってコストを下げるとか、目に見えない部分で収益性を上げる方法もあるし、そういう方法を離れた商店会に売ることもできる。人を集めることだけが活性化じゃないし、商圏を広げることじゃないんですよね。
アクセスのしやすさや周辺人口の大きさが、地域のこれからを左右する要因であることは疑いようもない。しかし知恵と縁と、「この街でなければダメなんだ」という強いこだわりがあれば、まだまだできることはある――安井さんは行動でそのことを証明しようとしている。
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