2024年7月14日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年8月18日

 去る2年前、チベット人が反中蜂起に起ち上がって北京五輪前の世界の注目を集めたのは、チベットにおける中国のインフラ・観光開発が余りにも急激で、それに伴い外部から来た漢人が経済・社会の主導権をいっそう強く握ったことに対する反発が大きな原因である。しかしもう一つの重大な原因として、仏教寺院などの神聖な空間を訪れる際の漢人観光客の態度が余りにも劣悪で、ただでさえ中国に対する反感を抱くチベット人の宗教的・文化的感情をひどく害した問題があったと思われる。空港整備や青海チベット鉄道の開通に伴い、ラサの主要寺院に常に観光客の喧噪が渦巻き(そもそもガイド自らが絶叫し、客の側もそれに呼応してはしゃぐという有様である)、しかも左回りでの参観が守られないなどの事態が常態化した結果、チベット人は静謐な環境の中で祈りを捧げる最低限の権利をも奪われてしまったのである。

 毛沢東は中国から資本主義的なものを消し去ることに失敗したが、恐怖政治によって漢人社会からいったん「神聖なものに接する態度」を見事に消し去り、しかも現代中国は往々にして「金こそ全て」という社会である。そのような中、中国大陸の漢人の多くは、折角の旅行の機会に大いに弾けたいという欲求を持ちこそすれ、他者や神聖な存在に触れたときにどう振る舞えばよいかという内的基準をしばしば全く持たない(ように見える)。そこで、日本の神社仏閣で同じようなことが今後繰り返されるとすれば、日本国内の反中世論は必ずやより強硬になり、「ビザ取得条件を緩和して日本への理解と相互交流を深める」という民主党政権の意図は全く逆の結果をもたらすことになろう。そうなる前に、日本の習慣に関する事前の指南を充実するよう、日中両国の関係者の一層の配慮を期待したいものである。

 ともあれ、こうした歴史的背景とともに、中国人観光客大量訪日という名のパンドラの箱は開いた。この新たな現実をどのように捉え、日本の国益を増すような方向に持って行くのか。突きつけられた問題は余りにも多岐にわたり重い。
 

次回の更新は、8月25日(水)を予定しております。

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◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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