2024年7月15日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年8月18日

 社会的マナーについても、これまでしばしば中国と言えば「列に並ばない・横入りをする・公共の場で騒ぐ・ゴミをどこにでも捨てる・痰を吐く」等の問題が広く知られている(本当に辟易するレベルである)。早くからその問題の深刻さに気づいている中国政府は、ここ20~30年来ことあるごとに「文明礼貌(礼儀正しい文明人であること)」を呼びかけて来たものの、総じて空回りに終わることが多かった。筆者の私見では、それはひとえに、中国では長らくあらゆる社会インフラやサービスが不足し、ホッブズ的な「万人の万人に対する闘争」を行わなければ生きて行けなかったことの裏返しであると思われる。むしろ、「万人の闘争状態を解消するために、各個人は自らの権利の一部を権力者に差し出し、社会的な利益を代表する権力者が代わりに秩序をもたらす」というホッブズの社会契約論に全くピンと来なかった大学入学当初の筆者は、中国を訪れて初めて「なるほど、そのような世界が実在する」と納得したものである(そして同時に、中国共産党はこのような論理で自らを正当化していることに注意されたい)。

 そういえば日本でも、電車のドアの間隔が車両によってまちまちであった時代には整列乗車など見られず、長距離列車も走るうちに弁当の空き箱や酒瓶・吸い殻などが車内に散乱していたものである(痰壺も不可欠の設備だった)。しかし、人間は秩序を守る方向へと様々に仕向けられ、「それを守る方が自分にとってもはるかに利益がある」と思うようになれば、いつの間にかルールを遵守するようになるものである。そのような「仕掛け」の整備とサービスの充実によって、日本の都市の情景は世界でもまれに見るほど清潔な水準を達成するに至ったと考えられなくもない。そして今や、筆者の周囲の中国人留学生などは東京の「清潔・秩序」に賛嘆を惜しまない。

中国人観光客急増を喜んでばかりはいられない

 このような事例であっても、僅かでも日本の現実に触れた中国人観光客は彼我の違いを痛感し、これまで以上に中国の中に「日本的な近代」または「文明的な行動様式」をつくろうとするだろう。あるいは「中国は中国、日本は日本、日本の独自なものは誰にも真似できない」と考える方もおられよう。しかし、韓国が諸外国における日本と日本製品のイメージに重ねるかたちで廉価な自国製品の売り込みを図り、いつしか東南アジアなどで多大なシェアを占めているのと同じく、中国製品と中国の社会・文化がまさに日本の後を追うかたちで質を高め、ついにはイメージを大幅に向上させるとすれば、日本のブランド的価値は今まで以上に動揺するかもしれない。

 しかも、とかく内向きといわれる現在の日本が、外の世界でのダイナミックな動きや社会の変化に疎くなる結果、諸外国からの評価をも得るような「独自と普遍の結合」を怠るとすれば、非常に長い目でみて、総合的な国家の質という点において敗北を喫するとしても不思議ではない。これまで以上に国境を越えて人が動き、様々な価値が激しく渦巻く時代の可能性を今般の中国人訪日急増は象徴しているのであり、その中で日本人としてもどう打って出るのかが問われることになるだろう。

 いまひとつの懸念として、中国人観光客のマナーが長期的には外国に触れることで改善されるとしても(日本もかつて海外旅行が一般化した当初、諸外国でのマナーは余り良くなかったと聞く)、当面は何せ多くの問題があるため、ことによると新たなナショナリズム的摩擦の原因になりはしまいか。

⇒次ページ 起こりうる「暗い」将来


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