ある成年後見人の手記

2017年8月16日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

「早く大金を受け取って」

 平田毬子に初めて電話をかけた。挨拶を交わした後、私は「大金を預かっているのも気が重くて、大変なんです。自分の物になるのならともかく……。早く受け取ってください」と本題に入った。すると「お気持ちは分かるんですが、神戸の野村さんが、血族の1人、魚川吉夫さんが二十数年前から行方不明で、その失踪宣告が成立しないと、遺産分けができない、それには1年近くかかると言っていて……」と平田。

「それは、血族間の問題でしょう。このままの状態で、私が交通事故にでも遭ったらどうするんですか。私としては、大金なので顔を見合って受け渡ししたいので、あなた方北九州市在住の人に血族代表となってもらいお渡ししたい」。それにしても、なんで私が、金をもらってください、と頼み込まねばならないのだろうか?

 やっと2月21日土曜、平田毬子とやはり北九州の実妹、熊本妙子(仮名)を山口市に迎えることとなった。平田は、血族10人分8通の平田を代表とすることへの同意書ならびに自分の戸籍謄本を持参した。妻の容子が湯田温泉駅に出迎え、私の職場まで同道した。1泊するので私が温泉旅館「梅乃屋」を予約しておいた。

 話し合い内容が極めてプライバシーに触れるものであるため、喫茶店などでは難しい。かといって初対面であり、私の自宅も彼女たちの旅館の部屋も、適当ではない。私を長とする5人の職場で、週末の午後の2時間以内なら業務上の支障もほぼ無いだろうと考え、スタッフたちには事前に断っておいた。

 ソファー2つにテーブルを挟み、私たち夫婦と平田、熊本姉妹が向き合った。由利子の遺影や娘時代から高齢者施設で暮らす日々までのスナップ写真、由利子の実母の写真、納骨した天上寺のパンフレット、神戸家裁絡みの文書などを用意しておいて、姉妹に見せ、手に取らせながら、話に入っていった。

 姉の平田は「由利子さんは若いころ、北九州の私の親の家で働いていたことがあります」と話す。私の血つながりの伯父で由利子の夫、松尾行人にも会ったことがあると回想した。私は初耳で真偽は確認しようもない。私たち従兄弟の三夫婦が大津で由利子を見舞っているスナップ写真に見入り、「ここまでしていただいて……」と感激していた。

 私は「天上寺に納骨したが、永代供養はできていません。供養料は最も安価なので1人20万円です。私にあれこれ言う権利はありませんが、できることなら血族一同で夫と一緒に供養してあげたら、と思います」と述べた。姉妹は「そうしよう」と口をそろえた。

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