それはすなわち、2010年8月という時点で、中国が直面している(あるいは、中国指導部は自分たちが直面していると思っているような)「国際情勢と地域情勢の深刻にしてかつ複雑な変化」なのである。中国としては、あらゆる手段を使ってこの緊急課題に対処して、海から迫ってくる「中国包囲網」を打破しなければならないが、そのための戦略の一環として、胡錦濤指導部は当然、(唯一の「同盟国」ともいえる)北朝鮮との連携強化により米国と対抗し、米国による「中国包囲網」を打ち破るための突破口を作りたいのである。
見え始めた新たな冷戦
考えてみれば、まさに米国を意識したこのような冷徹な戦略的思考こそが、8月下旬に中国が金総書記の今年の2度目の訪中を快く受け入れたことの最大の理由であり、胡主席が金総書記に対して語った「戦略的協力強化」の真意であろう。
そういう意味では、今回の金総書記の中国訪問と胡・金首脳会談の背後に隠れているもう一人の主役は、すなわち「米国」であるといえよう。
実際、胡・金会談が行われた翌々日の8月29日、中国国防省はさっそく同国海軍が9月1日~4日に黄海で実弾演習を実施すると発表したが、このことから見ても、胡・金会談と中国の対米政策との関連性が一目瞭然である。おそらく胡主席は金総書記との会談において、北朝鮮の後継者体制への支援を約束した見返りとして、米・韓軍事同盟への対抗における金総書記の同調を得られたからこそ、中国が米国に対する対抗の姿勢をいっそう強めることが出来たのであろう。
そして、まさに中朝のこの新しい動きに反撃するような形で、米国のオバマ大統領は8月30日、北朝鮮の3企業と1個人の米国資産を凍結するという大統領令に署名して、北朝鮮への制裁を強化した。胡錦濤・金正日会談が終わった直後から始まったこの一連の動きは、米韓・中朝の両陣営の対立が本格化していることを示しているのである。
今後、6カ国協議に関しては、自国が主役として振る舞うことのできる外交舞台として、中国はおそらく今まで通りに6カ国協議の開催を重要視してその再開に尽力するはずであろうが、こうした国際的枠組みによる「平和的問題解決」の動きとは別にして、北朝鮮周辺の海と南シナ海における米中両大国のパワーゲームと軍事的対峙はこれからもさまざまな形で展開されていくのであろう。
旧ソ連の崩壊によって冷戦の時代が終わってから二十数年も経った今、中国の台頭と膨張が引き起こした新たな冷戦の暗影がすでに見え始めているのである。
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜
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