――日本は電子カルテの導入が早かったとのことですが、アメリカの病院のようにグループ内で電子カルテなどの情報は共有されているのでしょうか?
真野:先進国はもちろん、そうでない多くの国でも、現在電子カルテなどをクラウドサービスで共有しています。ところが、比較的早く電子カルテの導入へと動いた日本では、導入した当時まだクラウドというサービスがありませんでした。また電子カルテは個人情報なので、クラウドにアップし情報漏えいでもしたら一大事だと考えがちです。ですから、院内では電子カルテなどの患者さんの情報が共有されていても、院外にはつながっていないことも多い。かつてはそれでも良かったかもしれませんが、今日のチーム医療や、病院だけでなく介護との連携を考えるとデメリットが多いと思いますね。
――たとえば、エストニアは国民の電子カルテが共有されていて、突然倒れた場合、身分証明書の番号などから、飲んでいる薬や罹患している病気がわかると。もしもの時のことを考えると、非常に便利だと思うのですが。
真野:エストニアでは、それが医療の効率化にもつながっているのです。医療提供者側からしても、電子カルテが共有されていれば、薬を誰がどこでどのように処方されたかがすぐにわかります。
日本でも、お年寄りが同じ薬をいろんな病院で処方され余ってしまっているという話を聞きます。こういったことは、ICTをうまく利用すればすぐにどこで無駄な薬を処方されているかどうかが判明します。
また、最近では故意に精神科の薬剤をいろんな病院で必要以上に処方してもらっている人たちがいます。電子カルテは共有されていませんが、最近では処方に関するデータを厚生労働省が突き合わせ、非常に少ない割合ですが、こうした薬剤を過剰に処方されている患者さんが判明しているとも聞きます。
――忙しい人にとっては、混み合っている病院で診察を受けるよりも、コンビニエントクリニックで薬を処方してもらうほうが便利だと思うのですが、日本に導入するのは難しいでしょうか?
真野:日本では難しいでしょうね。アメリカで、コンビニエントクリニックを医師が許容しているのは、専門職である医師は、高い技術を持っている、という自負があるからです。コンビニエントクリニックへ行く患者は、その技術を必要としないので、医師たちは、専門に集中できるという考え方です。
しかし、日本の開業医の場合、保険医療の構造上、患者さんを多く診察すればするほど収入が多くなる構造になっているので、もしコンビニエントクリニックができたら、患者さんの取り合いになってしまう。
コンビニエントクリニックに近い発想は、アメリカだけでなく、ヨーロッパにもあります。イギリスでは医師が公務員の場合も多いですから、仕事の量や範囲がハッキリしているし、医師の仕事が侵食されても失業することはないので、コンビニエントクリニックではないですが、ナースプラクティショナーが自らのクリニックを持っているケースがあります。ドイツやフランスは、比較的医師の権限が強いために、あまりそういったものはありません。
――医療を提供する医師や看護師、病院側のイノベーションも必要だと思うのですが、日本の場合、患者が「とにかく病院に行けば良い」といった意識が強いように思うので、患者側の意識にも変化が必要だと思います。
真野:たとえば、イギリスで風邪を引き、頭がものすごく痛いと病院へ相談しても、診察してもらえるのは数日後であったりします。そうなると、患者はナースプラクティショナーのクリニックで薬を処方してもらったり、病気でない普段からどうすれば健康を維持できるか考えるようになります。
しかし、日本の開業医は、良い言い方をすればフレンドリーで優しいので、同じような状況を相談すれば、すぐに病院に来なさいとなりますよね。だから、普段の生活から病気を予防するという意識が希薄になっているのではないでしょうか。
今後、日本の保険制度を維持するためには、高度な医療を保険から外し自己負担にするのか、それとも軽い病気などを保険から外すのか。どちらかを決断しないといけないときが来るでしょう。そのとき、高額な薬や高度な医療を必要とするのは、重病な患者ですから、そちらを保険適用にしたほうが良いという人が多いと思います。これまでのように、すぐに近所の病院にかかったり、薬を重複して処方されていては医療費を削減することはできません。そうなったとき、国民自らが病気に興味を持って、予防に関心を強めるのが良いですが、そうでない場合、厚生労働省が、診察など医療に関し、制限することは十分に考えられますね。
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