2024年12月7日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2017年6月8日

 殺人事件の遺体を解剖し必死に死因を突き止めようと司法解剖を行うシーンをテレビドラマなどで見かける。ただ、多くの人にとって、法医学解剖医は医師の中でもっとも遠い存在であり、接することもないだろう。それもそのはずで、法医学会が認定した医師は、全国に150人ほどしかいないという。かれらは、日々、どのように遺体と向き合っているのか。『死体格差』(双葉社)を上梓した兵庫医科大学法医学講座の西尾元主任教授に話を聞いた。

――20年間、さまざまな遺体を解剖してきたと思いますが、その中でもタイトルにある”格差”をもっとも感じたのはどんなケースでしょうか?

西尾:会社をリストラされ、独身でひとり暮らしのまま、誰にも発見されず自室で亡くなり、死後数日経ってから発見されるようなケースがあります。一般的にそこに格差を見るのかもしれません。しかし、年間200~300体もの遺体を解剖していると、特別な何かを感じなくなっていました。

 今回、執筆の依頼があり、あらためてここ3年ほど前から始めた解剖した遺体についての記録を読み返すと、経済的、社会的、人間関係の面を見ても、社会的弱者と呼ばれる人が、解剖室へ運ばれてくることが多いことに気が付きました。この記録には、独居か同居か、飲酒の有無、精神疾患の有無、生活保護を受給しているかどうかなどの情報を警察から聞いて記録しています。他大学の法医学教室でそうした記録を取っているのかはわかりませんが、症例研究を行うために記録するようにしています。

――守秘義務というか、この本には書けないことももちろんありますね。

西尾:個人が特定されないように気をつけましたが、あまりにズレてしまうと逆にノンフィクションでなくなってしまうので、支障のない範囲で事実を書きました。

――法医学、特に司法解剖というと、テレビドラマなどの印象が強い人も多いと思いますし、内科や外科と違い医学の中でも、なかなか人々の目に触れることが少ないかとも思います。法医学とはどんな学問なのでしょうか?

西尾:「法医学とは究極のリアリズムの追求」だと、私の“師匠”はよく言っていました。たとえば、内科であれば血圧を測ったり、心電図やレントゲンを撮り診断を下すわけですが、法医学では遺体を解剖し、臓器を1つ1つ取り出して、触ったり、色や硬さを観察したりと非常に原始的な方法で死因を明らかにするわけですからね。

――遺体が解剖室へ運ばれると、まずはどこを見るのでしょうか?

西尾:遺体の全体、外表と言われる体の表面をまずはよく観察します。たとえば、首を絞められて亡くなっていた場合には、圧迫された跡があるかどうか、時には虫眼鏡を使って首のあたりを事細かに見ます。

 しかし、交通事故のような場合には、小さい傷を細かく見るというよりは、傷が体のどこに多く分布しているか、どういった損傷が体のどのあたりにあるかに注目します。死因によって見方は異なりますね。


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