予防のアプローチを考えてみると、住血吸虫のライフサイクルのどこかを断ち切ればいいわけ。方法としては、薬で人間を治療して卵を出てこなくさせる、中間宿主となる特定の貝を全部殺す、皮膚に塗って虫が入らなくなる忌避剤を作る、ワクチンを作って人に接種する。それから、安全な水道を供給して川の水を使わないようにする、便所を整備して便や尿が川に流れないようにする、健康教育をしっかりやる。この7つが考えられます。
この中で、人間の意思や行動に関係なく実現できるのは、実は2番目の、特定の貝を全滅させるという方法だけですね。ということは、実はこれが一番有効なアプローチなのかもしれない。貝を全滅させることをテーマにしようかとも思い始めています。
●しかし、貝を全滅させたりしたら、生態系が壊れてしまうのでは?
——よく言われますよ。この前は、塩をまいて川を淡水じゃなくすればすぐに効果が出ると言って、怒られました。住血吸虫の宿主になる貝は食用ではないので、いなくなっても困りませんが、生態系の点はやっぱり問題視されるでしょうね。
でも、その点で思うところがあります。いま、エコロジーとか生物多様性とかいって絶滅危惧種を保護しようと言いますけど、不思議なことに、病原体を絶滅から守ろうとは誰も言わないんですよ。ケニアで象の保護を考える会合なんかに出席して、「どうして病原体は保護しないんですか」と発言するんですが、まったく無視されます。病原体は確かに人に悪さをしますが、地球全体の生態系をトータルで見たら、それが与える影響は神様以外、誰にもわからない。実は病原体も保護しないといけないのかもしれない。
●確かに、ある病原体が絶滅したら、それがめぐりめぐって人類に悪影響を及ぼさない、とは言い切れませんね。
——たとえば、ケニアのある村では、実は象が一番の問題動物です。象は農作物を根こそぎ食べてしまうし、一度通ると畑も家も踏みつぶす害獣です。ひょっとしたら、住血吸虫なんかより直接害を与える動物です。と現地で言ってもなかなか伝わらない。とにかく、象は人間に害を与えても許されちゃうのに、病原体は許されないという現実があります。
●うーん、でもやっぱり病原体より象のほうが親しみあります…。ちなみに、いまはどの感染症が一番の問題なんですか?
——グローバル・ヘルスの意味ではエイズ、マラリア、結核。この3つにはお金もたくさん出ている。研究にも対策にも。結局、先進国が興味をもっている病気が熱帯地でも問題というわけです。マラリアは地球温暖化が進めばもしかしたら先進国のほうに広がってくるかもしれない、と思われているから先進国の関心が高くなる。エイズだって、できれば途上国にとどめておきたいと思っている。つまり、大昔の熱帯医学の取り組みとあまり変わっていないんです。