足立倫行のプレミアムエッセイ

2017年12月31日

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 急いで実家の寝室に行くと、ベッドの上の眼を閉じた父の顔色がやや青ざめていた。心臓の鼓動がなく、呼吸もしていない。だが、体にはまだ温もりがあった。

 私はすぐに救急車を呼び、以前大学病院の救命救急センターを取材した際に見聞した救命処置法を思い起こし、心臓マッサージを開始した。胸骨圧迫と人工呼吸である。

 両掌を重ね、胸の中央部を、両肘を伸ばしたまま体重をかけて素早く圧迫していた医師の姿は、記憶に鮮明に残っていて、真似た。

 心臓が止まっていない状態なら、胸骨圧迫により鼓動が再開する可能性がある。記憶が曖昧なのは人工呼吸のほうだった。

 口から肺に息を吹き込んで呼吸の動きを助けるのだが、その間の両手の動きや、胸骨圧迫との兼ね合いがまるで思い出せない。

 私は心を決め、生まれて初めて父親の唇に自分の唇を合わせ、細く長く息を入れた。

 奇妙な感覚だ。けれど、素人目にも効果はなさそうだった(この時、気道確保も、鼻つまみも、大きく口を覆うこともしていない)

 2度、3度やってから人工呼吸を諦めた。それからは、寝室に救命救急隊員がなだれ込んでくるまで、ずっと胸骨圧迫を続けた。

 病院に搬送された父は亡くなっていた。享年86。就寝中の胸部大動脈瘤破裂だった。
 
 私の救命処置は役に立たなかったわけだが、私は満足していた。父は前の晩まで食欲旺盛で意識もハッキリしており、就寝中に母の傍で穏やかな表情のまま逝ったからだ。それに私も、(人工呼吸は失敗したものの)最後まで心肺蘇生を試みたという思いがあった。

 私の、最初で最後の父とのキスは、救命法としては間違っていたにしろ、「親子の絆の確認」という意味では忘れ難い。

 約1時間後、私たち3人は他の受講者と一緒に、市の消防局長発行の〈普通救命講習修了証〉カードをもらい、集会所を後にした。

 「しかし、AEDは駅や学校や公民館に置いてあるけど、倒れている人のいる場所の住所、すぐにわからないよね、119番の時」

 私が言うと、娘が直ちに答えた。

 「住所は自動販売機に書いてあるよ」

 なるほど、確認してみると、どの自動販売機にも、正面下方に「ここの住所は ×市×町×番地」と横長のシールが貼ってある。

 
 これで家族3人とも、お互い「万一の緊急時」に必要な知識と技能を、現時点で最低限身につけたわけだが……。

 さて、私が家族に救命処置を施し、逆に施されるのはいい。外出時に傷病者を発見し、救命処置を行うのも(人工呼吸はたぶんしないだろうが)、かまわない。

 問題は、私が何かの不調で外出時に倒れ、見知らぬ人に胸骨圧迫だけでも受ける時だ。

 私は、彼(ないし彼女)のやや慌てた力任せの胸骨圧迫によって、胸の骨をバキバキと折られながら、「それでも、ぜひ蘇生させて下さい!」と熱望するだろうか?

 その時は意識がないので、わからないが、「そこまで体を痛めつけられて老いの日々を生きたいとは……」と、ふと思うのである。

  
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