「こういう奴がやっているんだと知ってもらう」
もちろん、J1で優勝争いをするようなチームであれば、結果や質の向上が観客動員につながるが、現在のファジアーノは成績と動員の相関係数は低い。設立してからの時間が浅く、サポートしてくれる親会社がいるわけではない。
そのような条件の中で何ができるのか? 「それは、地元の人々とコミュニケーションをとること」だ。木村さんは、地元企業、自治体、メディアへの訪問を繰り返し、時には企業の朝礼に出て観戦を呼びかけた。
「こういう奴がやっているんだと知ってもらう」ことで、チームをより身近に感じてもらうことができる。U(アンダー)-18、U-15、U-12と、アカデミー組織も設置した。地元との接点を増やしていくことでファジアーノへの理解は広がっていった。
2010年には市民から「ファジアーノの専用練習場を整備しよう」と声があがり、署名活動が開始され、13年に岡山市の浄水場跡地に専用グラウンドがオープンした。
ホームゲームには、サッカー好きではない人にも足を運んでもらうべく、スタジアムの周辺で「ファジフーズ」という特設フードコートも設置した。食事のついでにサッカーを見てもらうというコンセプトだ。スタジアム内は火気使用の規制があって、温かい食事の提供が難しいため、スタジアムが総合運動公園内にある特性を利用して、スタジアム外の広場にファジフーズ店舗を設置。全出店者の尽力のもと、毎試合、合計で10種類以上のその試合限定メニューを提供するなどして、飲食でも観戦を楽しんでもらえるように工夫した。
順調に観客動員数を伸ばしていたが、2014年に初めて前年割れしたことをきっかけに、ホーム試合の平均観客動員数を1万人以上にすることを目指し、16年に初めて達成した。J1を経験していないチームの達成は過去に3チームしかない。
「(自分たちが)できることを考えて実践していく。その“もがき”が、アジアのクラブ関係者の皆さんの共感を呼ぶのだと思います」
実際、アジアクラブ関係者への講習会のあと、「ファジアーノで働きたい!」という声まであがるそうだ。
ファジアーノ岡山の代表になって12年目を迎える木村さん。実は、Jリーグチームのトップが長期経営に携わるのは珍しい。チーム成績などによって多くは数年で交代する。長続きできるのは、短期的な結果にこだわらない「ビジョン」があるからこそであり、それに岡山の人々が賛同しているからだろう。
そして、ファジアーノ岡山の運営母体は「ファジアーノ岡山スポーツクラブ」であり、木村さんはこの社長を務める。「フットボールクラブ(FC)」の名前が入ってない通り、もともとサッカークラブだけを運営するつもりではない。
木村さんの目標は「まずは、サッカーで結果を出してから言えとお叱りを受けそうですが」と前置きしつつ、「岡山県内の子どもたちが、すべてのスポーツを無料で楽しむことができるようにする」こと。子どもたちに夢を与えるのは、サッカーだけではなく、すべてのスポーツを通してということになる。
そんな木村さんに対して、「サッカーが好きというわけじゃねぇけど、お前の選択(ゴールドマンサックスを辞めて帰郷したこと)はすごいと思う。だから応援してやるわ」と言ってくれる地元の人は今でも少なくないという。
ファジアーノの代表になったばかりの頃、木村さんはあるJ1チームの町を訪ねた。その町の寿司屋さんに入ると、たまたま大将が岡山出身だった。「サッカーはいいかもしれないけど、この駅前の通り見てみてよ」と、ぼやいた。町自体は衰退していた。「スポーツを通して地元に貢献したい」と思っていただけに深く考えさせられたという。
短期的な結果に一喜一憂することなく、Jリーグも謳っている「地域に根ざしたスポーツクラブ」を育てていくには、木村さんのような人こそふさわしいように思える。
クラブ経営に限らず、東京や世界で得た知見を活かすべく帰郷する。そんな人の流れできれば、「地方創生」にも大いに役立つはずだ。
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