連立交渉の焦点となった「財務相ポスト」
連立合意では、労働者の短期雇用禁止、健康保険における公的保険と私的保険の間の均等負担、難民家族の受け入れ等に関し妥協が図られた。大まかに言えば、SPDが労働、社会福祉で、CDUが治安、内政でそれぞれの立場を貫いた。
しかし、交渉の最終局面で、これらの実質内容は双方の関心事項ではなかった。焦点は、実質でなくポストだったのである。それも、一言でいえば財務相ポストを巡る攻防だった。これまで財務相にはCDUの重鎮ショイブレが就いていた。さすがCDUのお目付役だけあって、ショイブレ財務相の眼鏡にかなわない政策はことごとく陽の目を見ることがなかった。ユーロ危機の債務救済、EUに対する拠出、社会、労働政策における資金配分等、重要政策はショイブレ財務相が差配した。ドイツにおいて、財務相はそれほど強大な権限を持つ。
SPDはこれに目を付けた。いくら合意文書にきれいごとを並べても、実際は財務相ポストを誰が握るかで全てが決まる。SPDは財務相を含む外相、労働・社会相の三閣僚ポストを交渉成立の絶対条件としてCDUに強く迫った。
CDUが避けたかったのは再選挙である。連立交渉が決裂すれば少数政権を発足させるか再選挙しか道はなくなる。少数政権になっても、政権が立ち行かなくなれば再選挙しかない。しかし、今の状況では再選挙での票の積み増しはない、というのが大方の見るところだ。何より連立交渉に二回も失敗すればメルケル首相は指導力を失墜し場合によっては退陣に追い込まれるかもしれない。メルケル首相にとり交渉妥結は至上命題だった。
事情はSPDも同じである。再選挙になれば史上最低となった前回の20.5%を更に割り込むことは必至である。従って、SPDも再選挙を避けたい。交渉は、そういう中でのチキンレースだったのである。結局、6閣僚を獲得し勝者となったSPDは大きな獲物を手に入れた。財務相を握ったSPDは、EU政策、労働社会政策等の分野で独自色を出していくことが予想される。
その財務相にはオラフ・ショルツ、ハンブルク市長の名が挙がっている。ショルツ氏は2007年から2009年までメルケル政権下で労働・社会相を務め、年金支給年齢の引き上げを実現する等、党内改革派とされる。その後、2011年、ハンブルク市議会選挙でSPDを勝利に導き、それまで10年間CDUの根城だったハンブルク市を奪還、市長に就任した。「尊大」なショルツと称され、党内には、その偉ぶったところに反発する向きも少なくない。労働法の専門家で、謹厳実直、冷酷無比、感情を表に出さず、筋を通し、一度言ったことはがんとして曲げない。党内右派の財政通である。