自転車が完成した時に、木の弾力がアシストしてくれるからわずかな力でスピードが出て長く乗っていても疲れないとアピールしたら、周囲の反応は、そんなわけがないと否定的なものがほとんどだった。
「フレームは固くて剛性があればいいという考え方から抜けられないんだよね。木は生きていくために水を吸う。そのために導管があって、空気層が残っているからへこむ。だから柔らかくて人間の力を増幅するようなフレームができる。よって疲れない」
ホイールには操舵輪の技術が生かされ、厚みは2・5ミリ。軸受けも1ミリの木を40枚張り合わせて圧着すると、導管の中に木が詰まって金属並みの固さになるという。木の命の導管を残せば、柔軟性が生まれて振動を吸収できるし、逆に導管をつぶせば強度が生まれる。
ギア、ブレーキ、タイヤなど付属品以外、ハンドルもサドルもすべて木製の自転車は筑波8時間耐久レースを完走し、日本縦断によってその耐久性も見事に証明した。
木場で生まれ、木と共に生きてきた船大工の誇りが、佐野の全身から漂っている。マホガニーのやさしいフォルムの自転車は、実は江戸船大工の木に寄せる愛着と、消えてしまいそうな造船技術を残したいという執念の結晶なのである。1台の自転車を造るのに3、4カ月。標準モデルで200万円(税別)だが、3年先まで予約が入っているという。
「でも、船をもう一度造りたい。船をやったら食えなくなるのはわかっているけど、やっぱり船を造りたいよね」
時代に翻弄されながら生きてきた船大工の職人魂が発した燃えるように熱い呟きが、ずしんと重く心に残った。
さの すえしろう◉1958年、東京都生まれ。実家は江戸時代から続く造船所。15歳のときに独力で造った外洋ヨットが海外の雑誌に掲載され注目される。伝統的な船大工の技術を生かした木造ヨットやカヌーを製作。07年から木造自転車にも着手し、その性能がヨーロッパをはじめ世界で高い評価を受けている。
阿部吉泰=写真
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