2024年5月12日(日)

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2011年2月9日

 第一部のみどころを松本氏は次のように話す。「文化財はそれぞれの時代の特色、造形をよく表しています。今回は普段あまり目にすることができない代表的な作品を、数を絞って選出しました。雰囲気を醸し出すディスプレイにも工夫を凝らしました」。

 様々な考察や想像をゆっくりとできるのは、そのディスプレイのおかげだ。砂のような黄土色、岩のような赤茶色の壁面の、上部を見るといい。第一部の二つの壁面には、朝焼けを示すオレンジ色と夕暮れを表す青色の光がゆっくりと循環していることに気がつく。それは旅の表情を浮かべるような展示風景を生み出している。

日本画制作の豆知識

 第二部の《大唐西域壁画》ではがらりと雰囲気が変わり、黒い壁面に七つの場面の作品が飾られ、スポットが当てられている。《大唐西域壁画》は薬師寺玄奘三蔵院伽藍に「絵身舎利」として奉納された。通常奉納されるのは仏像だから、特別な事例なのだ。

 最後の部屋には、制作時のスケッチと下図が展示されている。ここで豆知識。日本画を制作する際には下図に升目を引く。それに合わせて本画では引き伸ばすのだ。今回はそれ程大きさの違いはないが、《ナーランダの月・インド》を比較すると右下の人物が下図にはなく、本画には描かれている。それに対応して、月が右上から左上へと移動しているのだ。このような違いを探すことも、楽しい。

平山郁夫筆「大唐西域壁画」より「ナーランダの月・インド」 2000年 平山郁夫筆

 松本氏によると、第二部には以下の意図がある。「平山先生の作品には、その技法、構図、構想が明確になるライティングを努めました。《大唐西域壁画》は薬師寺玄奘三蔵院伽藍の本尊ではありますが、ここでは宗教や美術という枠組みにとらわれず、主体的に作品と向き合って戴きたい」。

 確かにガラス越しに見る《大唐西域壁画》とは違い、作品の煌きが明確になっている。主体的に作品と向き合うとは?「映画や音楽という与えられる芸術とは異なり、美術は作品から情報が飛び出てこない。だから主体的に作品から何かを見つけ出して欲しいのです。キャプションは最小限に留めました。はじめに作品、最後も作品です」。

 なるほど、分からないと思い込まずに、作品をよく見るべきなのか。これは美術を見る際の、総てのポイントであるということもできよう。一例として、松本氏に《楼蘭遺跡 昼》を題材に様々な観点を教えて戴いた。

平山郁夫氏写真(1989年楼蘭遺跡にて)

 「楼蘭は規模が大きく、中央アジアを代表する遺跡です。しかし、広大な砂漠の中にポツンとあり、ヘリコプターでしか行けないような場所のため、その調査は困難を極めています。そのため、文化財保護は遅れているのが現状です。平山先生は、人材を育成することに力を入れました。楼蘭はいまだに都の所在もよくわからない幻の王国で、絹や織物、木製品や木簡などが出土します。近年は、ヨーロッパ人の木乃伊が出土しましたが、一方でモンゴロイドの木乃伊は出てきません。今から3000年以上前に栄えたのですが、古い時代の文化を感じさせる謎の王国なのです。また、この絵には平山先生の他の作品に描かれている緑がない。ここには栄枯盛衰という時の流れが込められています」。

 展示についての理解は深まった。もう少し、現在の文化財保護について知りたい。文化財保護の立場で平山とも多くの仕事をこなした、研究者の前田耕作氏に話を聞いた。


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