そのことはアメリカとの経済摩擦や国内経済の構造転換がいまだに中国経済のメインテーマであることや、日本のメディアも盛んに伝えているように「不動産バブルの崩壊」とその後の経済の長期低迷を予測する声も一向に尽きないことなど、中国にとってまだまだ日本は教師であると同時に、反面教師でもあることがうかがえるのだ。
中国の対米懐柔工作とは?
中国が日本を手本として実際に「後発のメリット」を最大限享受したのが対米関係である。鄧小平の改革開放政策の深化によって世界の工場となる道筋をつけた中国は、いずれ米国との間に深刻な貿易摩擦が起きることを想定し、その対策をかつての日米貿易摩擦の過程から徹底的に学んだのである。
中国から派遣された担当者らが、かつて大蔵省や通産省でこの問題を担当した人物に接触して膨大なデータを本国に持ち帰ったことは有名な話だ。
その成果もあって中国は貿易黒字を積み上げながらも日本ほど強いアメリカからの圧力にさらされることはなかった。ここには金融を産業の中心に据えるというアメリカの政策の追い風も働いたが、いずれにせよ今年の胡主席の訪米で見せた「米国製品の大量購入」は、江沢民時代から続く対米懐柔工作の一つとして続けられたものだ。
価格高騰に苦しむ不動産問題でも、総量規制によってハードランディングに失敗した日本を反面教師として慎重にブレーキをかけてきた――物価上昇が問題となっている今年からは本格的に抑制に動き出しているが――のも日本から学んだことだ。
こうした「日本から学ぶ」という考え方は中国の官僚や学者の間では決して特殊なものではない。また、彼らが手本としたい日本は反面教師としてばかりではない。
「日本に学びたい」 中国が直面する現実
中国の未来を見据えたとき、日本から取り入れたいものが少なくともまだ三つある。
一つは日本社会に見られる所得格差の少なさである。社会主義の中国以上に中流意識が普遍的に存在する社会は、中国政府が最も必要とする“安定”をもたらすからだ。
そしてもう一つが、日本のかつての自民党政治である。普通選挙を実施しながらも実質的な独裁を長期間実現してきたシステムは、中国共産党にとって絶好のテキストなのだ。
そして最後が社会のセーフティーネットの充実である。
だが、この問題については、おそらく人口という壁が重荷となり、そもそも実現可能な話ではない。日本をモデルとすることもナンセンスと言わざるを得ない。
つまり、中国人のすべてが日本人並みに社会保障の庇護を得ることは、将来も通じて絶望的だということだ。この一点を見ても、日本人がいかに中国の一部分だけを見て羨んでいるかが分かるだろう。
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜
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