新潟県の沖合に浮かぶ佐渡島。その南部、佐渡海峡を挟み対岸に本州を望む場所に、赤泊(あかどまり)という、一見するとなんの変哲もない漁村がある。だがこの漁村は、水産資源保護という日本の漁業の未来を左右する課題において、注目の場所なのである。
夜が更けた午前1時半─―暗闇に包まれた赤泊漁港の中で、埠頭(ふとう)に横付けされた漁船の灯(あか)りだけが煌々(こうこう)と輝いていた。取材班が乗り込んだ「第五星丸」の乗組員は総勢7人。同船を保有する中川漁業の事業主であり、船長の中川定雄さん(77歳)が到着し、午前2時、船は港を離れ、漁場に向かった。
第五星丸の漁法は「エビ篭(かご)漁」だ。漁網の篭を海底に沈めて、篭の中に吊(つ)るされたエサ(サンマの切り身)の匂いに釣られて中に入った獲物を捕獲する。狙うはホッコクアカエビ(甘エビ)。その鮮やかな赤色から唐辛子(南蛮)にたとえて、現地では南蛮エビとも呼ばれている。
出航から30分後、沖合数キロの漁場に到着。4~5日前に沈めた仕掛けのロープを、水深約300メートルからモーターで引き揚げていく。1本のロープに吊るされたエビ篭はおおよそ100個以上。揚げられた篭の底を解くと、ボタンエビや津貝(つばい)、そしてお目当てのホッコクアカエビが溢(あふ)れ出てくる。それを中川さん以下、3人がかりでサイズごとに、海水を張ったケースに選別していく。ケースはホッコクアカエビのサイズ別の銘柄、大・中・小とボタンエビ用の4種類。真っ先にエビで真っ赤に満たされたのは、「大」のケースだった。
中川さんは「資源管理する以前は、大の銘柄が漁獲量の2割程度でしたが、今は5~6割を占め、経営的にも安定するようになりました」と語る。取材当日は佐渡海峡内の4カ所の漁場を巡り、赤泊に帰港したのは午後1時を回った頃だった。漁獲量は250キロ程度と「まあまあ」の量。年間では38トン前後になるという。
増えた「大」のエビ、経営面や精神面での余裕。それを実現しているのが、ここ赤泊のホッコクアカエビ漁で導入されている資源保護の方策、個別割当(IQ)方式である。
IQ方式とは、魚種ごとに定められた総漁獲可能量(TAC)のうち、設定された漁獲量をそれぞれの漁業者に割り当てる方法だ。日本の漁業は、そもそもTACが設定されていないか、設定されていたとしても割当ルールがない〝早い者勝ち〟の「オリンピック方式」のどちらかがほとんどだ。同方式では漁解禁と同時に一斉に小魚まで獲(と)ってしまい値崩れも起きてしまう。
そのため、東京海洋大学の勝川俊雄准教授はIQ方式の有用性を次のように指摘する。「年間の漁獲枠を個々の漁業者に分配することで、無駄な早獲り競争は抑制できる。これにより業者は早く獲る代わりに魚のサイズといった漁獲内容の〝質〟を上げようとし、結果的に経営面が改善され、小魚の乱獲も防げるため資源保護も進む」。IQ方式やそれに類する資源管理政策は、既にアメリカ、ノルウェー、ニュージーランド、韓国など世界各国で実施されている。