そうした自然環境的要因に、行政的要因も重なる。赤泊のIQ方式実施エリアは、佐渡海峡を挟んで佐渡島南岸・新潟県本州北岸をカバーしている。にもかかわらず、この海域内でホッコクアカエビを漁獲しているのは、赤泊のエビ篭漁業者の3経営体のみなのだ。これは海峡という数多(あまた)の船舶が行き交う地域においてトラブルを避けるため、そもそも行政側が漁業許可を出していないことに起因する。また重要な点として、底引き網漁もこのエリアでは実質的に禁止されている。
赤泊のホッコクアカエビでIQ方式を導入できたのは、調整すべき利害関係者がたった4者(11年当時)だったこととは無関係ではない。そしてその4者が、恵まれた漁場の中で安定した漁獲高を上げていたからこそ、IQ方式により一時的に漁獲量を制限されても耐えられる体力が赤泊にはあったのだ。
では、もし前述のような好条件が揃っていなかったらどうなるのか。その答えは、赤泊と同じ佐渡島の中にあった。
日本の漁村の典型・両津
袋小路に入った利害調整
佐渡の玄関口、両津。島の東に位置するこの港町には、エビ篭漁業者が4経営体存在する。元々、両津の漁業環境は赤泊ほど恵まれてはいない。取材に応じた両津のあるエビ篭漁業者は「4経営体とも、年間の漁獲量は12トン程度。かつての赤泊のように2隻保有している経営体は1カ所だけあったが、最近そこも1隻にした」と、漁獲量・保有隻数ともに赤泊より小規模な実態を語り、「今でも経営で四苦八苦しているのに、漁獲量の上限を低く固定されたら……、という恐れはある」と、IQ方式への不安感も覗(のぞ)かせる。しかしそれでも、両津のエビ篭漁業者たちは赤泊の成功を受けて、IQ方式導入を望んでいる。
だが、現在でも両津にてIQ方式は導入されていない。原因は、エビ篭漁業者以外の競合相手との利害対立だ。
両津の場合、エビ篭漁業者に加え、小型底引き漁業者、さらに沖合底引き漁業者までが、ホッコクアカエビを漁獲する。両津でIQ方式を導入するためには、この3形態の漁業者全ての合意を取り付ける必要がある。しかし底引き網漁は魚種を選んで漁をすることが難しく、対象魚種がどうしても網に入ってしまう可能性が高いため、漁獲量の上限設定との相性が悪い。前述のエビ篭漁師は「IQ方式導入の話し合いの席も持たれなかった」と振り返る。
それに加え、エビ篭と小型底引きは県、沖合底引きは国と、それぞれ管轄が違い、県単独で調整するのは不可能だ。仮に県管轄の2形態のみで漁獲量を制限したとしても、漁場が隣接しているため、制限した資源を沖合底引きで獲ってしまえば、資源管理の意味を成さなくなってしまう。