中台関係についてのこれまで2年間の蔡英文の主張は、いわゆる「現状維持」政策の大枠の中にとどまっていた。台湾の民進党は本来、台湾独立を指向する政党であるが、蔡英文はこれまでの2年間の施政においては、出来るだけ中国を刺激・挑発することを避けるため、「台湾独立」の主張を封印し、同時に中国の主張する「一つの中国の原則」を認めずとの姿勢を鮮明にしてきた。
しかし、今回のインタビューにおいて、蔡は中国からの種々の圧力に対し、明瞭に「国の威信と主権」を保持しつつ、中国との間で「平和な関係」を維持したいとの希望を述べている。また、自由で民主的な台湾はアジアのみならず、世界の見本となりうるものと述べつつ、台湾の将来は2300万人の台湾の住民たちが決定する権利を有していると明言する。
中国の対外政策については、中国は台湾海峡における「現状維持」を覇権主義によって破壊しようとしている、と述べ、中国の膨張的行動については、台湾人がそう受け止めているだけではなく、世界中の人たちがそう感じていると指摘する。
これらの発言は、最近の台湾周辺海域における中国軍の軍事演習など武力による威嚇、外交場裏における台湾承認国の切り崩し(2年間で18か国から14か国へ減少)、WHOのオブザーバー参加などに対する妨害活動、その他もろもろの統一戦線工作などを念頭において行われたものであろう。
蔡英文によれば、台湾の住民たちは過去数百年のユニークな経験の結果、自ら独自のアイデンティティーを築き上げてきたとして、人々は共通の記憶、経験、価値に基づき、「台湾人」と見なされることに誇りを感じてきた、という。蔡英文がこれまで「台湾人意識」について、これほど明瞭に発言したことはなかったのではなかろうか。
以上のような諸点から見て、蔡英文の中国に対する基本的スタンスは「現状維持」という言葉では表現しきれないほど「台湾独立」の方向に強く傾斜するものとなったといえよう。
本年11月には台湾において統一地方選挙があり、蔡英文政権が安定的な政権運営を続けられるかどうかの分かれ目に当たる。目下の蔡の支持率は停滞気味である。台湾の有識者の中には、「現状維持」政策を評価しつつも、より強く「台湾人意識」を打ち出す総統に期待する人々は少なくない。
中国の台湾に対する戦術は今後ますます硬化し、台湾海峡をめぐる緊張関係は強まることはあっても弱まることはなさそうである。他方、「台湾旅行法」「国防授権法」等の法律を議会が議決した米国が、今後、如何なる対中国、対台湾政策をとることになるのか、目を離せないところがある。
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