ゴラン高原へのロシア軍展開
それでも、ロシアとしてはシリアにおけるイラン・イスラエル対立を放置することはできない。こうした中で8月、ロシアは、国連平和維持部隊の一部としてゴラン高原にロシア軍憲兵隊を展開させ始めた。同国南部において反体制派の掃討が進み、同地域にイラン革命防衛隊が展開してくることを懸念するイスラエルを宥める意図があると見られる。ロシア軍の哨所は最終的に8カ所が設置される予定とされ、ロシアによるゴラン高原への展開としては過去にない大規模なものとなる見込みだ。
とはいえ、ラヴロフ外相の訪露で提案されたシリア南部からのイラン部隊撤退が「不十分」とされたことからも明らかなように、ロシアの措置はイスラエルの対イラン脅威認識を抜本的に払拭するものとはならないだろう。
「調停者」にはなれないロシア
以上のように、ロシアは中東において圧倒的な力を持つ「調停者」として振舞うことはできておらず、近い将来にそのような振る舞いが可能となる見込みは薄い。煎じ詰めるならば、これはロシアが中東において発揮しうる力の限界に帰結しよう。秩序を乱す者に対して受け入れがたい懲罰をもたらす存在でなければ「調停者」たりえないためである。
たしかにロシアは旧ソ連近隣地域(ロシアが「勢力圏」とみなす地域)においては圧倒的な軍事大国であり、政治的にも経済的にも強い影響力を発揮し得るが、中東はその限りではない。もともと外征軍ではないロシア軍が中東に展開できる軍事力には限りがあり(米軍の持つ巨大な空輸・海上輸送力をロシアは欠いている)、そのような大規模作戦を支える経済力となるとさらに小さい。エネルギーや経済をテコとしてイスラエルやイランを従わせるというオプションもロシアにはない。2015年のシリア介入以降、ロシアが中東情勢における影響力をかつてなく高めたことは事実であるが、その限界は正しく認識されるべきであろう。
同じことは、中東全体の秩序についても言える。米国が中東へのコミットメントを低下させるなか、ロシアが米国に代わる新たな「警察官」になりつつあるとの論調が我が国内外には見られるが、これは明らかに過大評価であると言わざるを得まい。そのような限界のなかでロシアが何をしようとしており、どこまでできるのか。中東に復帰してきたロシアの役割を見通す上で必要なのは、こうした過不足ないロシア像であるように思われる。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。