混迷の大統領選
今回の大統領選挙は、当初PSDBが優勢と見られていた。ルセフ弾劾直後に行われた全国の市長選挙で5500のポストの内、803をPSDBが占めた。一方のPTは638から254へと大きく減らした。このままの流れでいけば2018年の大統領選挙はPSDBの楽勝だ。さらに今回、PSDBは中道勢力を糾合し一つにまとめ上げることに成功した。それもあって、候補者が無料で利用できる公共放送枠の44%をPSDBが占めることになった。
ブラジル国民は、ほとんどがテレビで選挙キャンペーンの模様を知る。通常であれば同党大統領候補のヘラルド・アルキミン氏の優勢は揺るがないはずだ。しかし同氏の人気は一向に盛り上がらない。支持率は10%を切っている。同氏のあだ名は「シュシュのアイスキャンデー」。シュシュとは味のしない野菜を指す。しかし、既存政治に愛想を尽かしたブラジル国民にとって、既存政治を代表するPSDB候補は「シュシュのアイスキャンデー」でなくても支持が伸びなかったに違いない。
一方、ルーラ氏の人気は今もって健在である。8月の調査では31%がルーラ氏を支持していた。貧困層にとってルーラ氏は英雄である。「バラマキ財政」のおかげで、貧困から脱出することができた。その記憶が今も冷めやらない。PTの下で再びバラマキをやってもらいたい、貧困層はそう願っている。無論、成長が落ち込んだ今のブラジル政府にそれだけの財政余力があるかどうかは別である。さらに、現在の混迷はルセフ大統領の失政に端を発するわけで、汚職はルーラ氏を始めとするPTの有力議員にも及んでいる。
国民も「PTは別」と思っているわけではない。ルセフ氏を弾劾に持ち込み政権から追い出したのは怒れる国民だった。しかし、それと貧困から救ってくれたルーラ氏の人気は別。「ルーラ氏は政治的に嵌められた」「12年の刑は重すぎる」とする声は少なくない。
ルーラ氏自身は、司法が同氏の候補者としての請求を棄却した結果、今回出馬できないことになり、代わってPTから副大統領候補だったフェルナンド・ハダジ氏が大統領候補として出馬することになった。ハダジ氏がルーラ氏の人気をどれだけ引継ぐことができるかがポイントである。
暴漢に襲われた極右候補
しかし、注目すべきは極右のジャイール・ボルソナロ氏である。国民の怒りが泡沫候補ボルソナロ氏を一気に有力候補に押し上げており、現在、支持率は28%とトップに躍り出ている(9月24日現在)。
もっとも、軍司令官出身のボルソナロ氏は27年間議員だった。だから既存政治家ではあるが、その言動が既存政治の枠を超えている。一言でいえば、「弱者差別」と「軍政支持」である。「ゲイの息子を持つくらいなら死んだ子供を持つ方がまし」「あの女は醜いから寝る気がしない」「あいつは逃亡奴隷の出身だ」「責任能力を14歳に引き下げ少年犯罪を防止せよ」「犯人を射殺しない警官は警官の名に値しない」。副大統領候補のアナ・アメリア氏は「どうしてもだめなら軍政に戻すしかない」と言ってはばからない。
こういうボルソナロ氏には無論、敵も多い。9月6日、キャンペーン中に暴漢に襲われ危うく一命を取り留めた。有権者の60%はボルソナロ氏には絶対に投票しないと言っており、暴漢に襲われたとのニュースが流れるや、通貨レアルは対ドルで2%も跳ね上がった。
ブラジルもポピュリズムの波に飲まれるのか
世界中で、社会に溜まった不満が既存の政治システムをことごとく打ち破っている。ボルソナロ氏は「ブラジルのトランプ」「ブラジルのドゥテルテ」と言われるが、米国や、フィリピンだけでなく、ハンガリー、ポーランド、オーストリア、ドイツ、イタリア、スウェーデンと、ポピュリズム勢力の躍進はとどまるところを知らない。溢れ出た不満は既存の政治システムを壊し、新たな指導者に期待する。それが社会の分断を増幅し、自由貿易を阻害し、国際協調を蔑ろにしようとも。
先が見通せなくなったブラジル大統領選挙は、10月7日に決着がつかなければ10月28日の決選投票に移る。大統領だけでなく、下院のすべて、上院の3分の2、全国の知事、地方議会議員も併せて行われる今回の選挙が、ブラジルと世界にとって重要な意味を持つことは言うまでもない。
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