2024年4月27日(土)

WEDGE REPORT

2018年12月9日

シンガポールから見た「米中貿易戦争」

 鄭永年所長は、中国市場の特殊性・閉鎖性に対するウォール街のイラ立ちが米中貿易戦争の背景にあると指摘する。

 一般的に貿易における出超・入超は日常的に起こる現象であり、中米間だけに見られるものではなく、国家の指導者の意思によって操作できるものでもない。どのような国家関係であれ貿易取引が続く間は、深刻かどうかの程度の違いはあるものの、この問題が解消されることはない。だから中米両国間で国交断絶といった最悪の事態にでも立ち至らない限り、貿易戦争に終戦はない。問題は両国の「火力の差」に行き着く。

 アメリカにおける対中貿易赤字の原因は中国にはなくアメリカ、より正確にいうならアメリカ資本にある。ウォール街がホワイトハウスを動かすことはあっても、ホワイトハウスに動かされることはない。だから中米貿易戦争におけるアメリカ側の主役はトランプ大統領ではなく、ウォール街ということになる。ウォール街の最終目標は中国市場の一層の開放にある。中国が毛沢東の時代のような対外閉鎖に先祖帰りでもしない限り、ウォール街が中国市場を手放すことはない。要するに貿易戦争は、中国市場がウォール街の求めるままに開放されるまで続くだろう。

 中国の最大の強みは政治制度でも軍事力でもなく、市場の将来性である。中国における中間層の数は既にアメリカを越えた。アメリカでは減少する中間層が中国では増加が続くからこそ、ウォール街が着目するのである。確かにインド市場も巨大だが問題が多く簡単には開放されそうにない。魅力に乏しいから、ウォール街が動かない。中米両国は世界経済でトップを占める規模であり、多くの国々と関係を持つ。それだけに貿易戦争の帰趨は世界、ことに近隣のアジア経済を直撃してしまう。

 貿易戦争の将来を危惧し、中国からアジアの近隣諸国へ活動の主軸を移そうとする動きも見られる。だが短時間では移転は不可能であり、コストが掛かり過ぎる。そういった動きを中国側も望むまい。あるいは今回の首脳会談で打ち出された90日の“休戦期間”に、中国は一層の市場開放を模索するのではないか。

 昨年の北京におけるトランプ大統領と習近平国家主席による最初の首脳会談以来、貿易問題は両国間の懸案になっていたわけであり、やはり90日という限られた時間で解決できるような単純な問題ではない。だが双方ともに「回帰不能点」まで突き進むような愚かな選択を望まないだろうし、やはり双方が話し合いの継続を示している事は歓迎すべきだ。

 これからの90日以内に習近平政権が中国市場における障壁を取り除き、より開かれた市場の将来像を示せるかどうか。これが中米貿易戦争における極めて重要なカギといえる。

 以上の鄭永年所長の考えとは異なり、問題の背景には企業家であるトランプ大統領の持つ特異な性格がかかわっている。だからトランプ政権の間に中米貿易関係を“正常軌道”に乗せておくべきだ――とするのが、同じシンガポール国立大学東亜研究所の郭良平研究員である。

 郭研究員は「中米関係を救う最終チャンス」(『聨合早報』12月3日)と題する論文において、「トランプ大統領は必ずしも中国に反感を持っているわけではない。本当は中国に憧れている」「中国はトランプ大統領の虚栄心を満たすべく譲歩すべきであり、面子を潰してはならない」と指摘し、共和・民主両党を含めワシントンを軸にアメリカの反中国感情は拡大しつつあり、それ故にポスト・トランプ政権は対中関係を現在の経済問題から政治問題へと必ずやエスカレートさせるだろう。新冷戦時代の到来である。

 だから問題解決に当たってはシンガポールのリー首相が説くように両国は「技術問題として交渉すべきであり、政治問題化させるべきではない」とする。最近の数十年の中米関係を振り返れば、巨大な消費市場を始めとして資本、先進技術から高度の人材養成に至るまで中国は余りにも多くの利益をアメリカから授かってきた。

「アメリカがなかったら中国の開放はなかったし、現在の中国はありえなかった。中米関係を解決することで、中国はさらなる利益を得られるだろう。こういった現実主義の視点から中米関係を捉えるなら、中国は敢えて妥協と譲歩に踏み出すべきだ」と、郭研究員は論文を結んでいる。

 以上の2人の専門家の見解とは異なり、『聨合早報』(12月2日)の社説(「グローバル自由貿易体制においては自らの更なる進化を」)は米中貿易戦争を世界経済の枠内で捉え、「双方が設定した90日以内の妥協が失敗した場合、世界経済は貿易戦争の火の海に叩き込まれる。各貿易大国は公平・公正を原則に問題処理に当たるべきだ」と説く。


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