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2018年12月9日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

アメリカ人が抱く「中国への幻想」

 米中貿易戦争を経済問題に押し止めて処理に当たるべきか。政治問題にまで拡大して考えるべきか。我が国メディアの一部からは「トランプ政権による新世界秩序構築の一環」とか「対中100年戦争」といった議論が聞かれるようになったが、シンガポールの場合には、リー首相の発言に象徴されるように飽くまでも米中関係のなかの「技術問題」として捉える見方が一般的といえるようだ。

 では米中関係という視点から米中貿易戦争をどう捉えているのか。たしかに郭研究員が説くように「アメリカがなかったら中国の開放はなかったし、現在の中国はありえなかった」。だが果してそうなのか。じつは鄭所長は講演の最後を「我われはアメリカが中国を変えることができるといった幻想を持ってはいない。中国だけが自らを変えることができる」と結んでいる。

 ここで改めて米中関係を簡単に振り返ると、日中戦争から朝鮮戦争にかけてホワイトハウスの住人であったルーズベルトとトルーマンの両大統領による対中政策の誤りが、蒋介石政権を台湾に追いやり、中華人民共和国を成立させたことを押さえておく必要があろう。

 中国経済発展の起点を今から40年前の1978年末に置くことに異論はないが、対外開放の遠因を辿るなら1972年のニクソン大統領の電撃的訪中に行き着くだろう。ニクソンと毛沢東によってもたらされた米中雪解けが、それまで「竹のカーテン」の内側で逼塞していた中国を西側世界に引きずり出した。この事実が鄧小平の対外開放への決断を促したであろうし、であればこそGDP世界第2位に巨大化した現在の中国の産婆役を果たしたのは、やはりアメリカであったと見做すべきだ。

 そしてなによりもアメリカは、社会経済が発展し、民度が向上すれば、人々は民主主義を求めるようになり、やがて独裁政権は崩壊すると思い込み、中国への経済支援を惜しまなかった。だが中国は経済発展するほどに、独裁体制を強化させ、アメリカに歯向かうのである。アメリカが鄧小平以後の中国に結ぼうとした夢は破れた。その象徴的事例が1989年の天安門事件だろう。

 ここで考えてみたいのが、アメリカ人が抱く中国イメージである。

「アメリカが生んだ最も優れたジャーナリスト」と評価されるD・ハルバースタムは、「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国は、アメリカとアメリカ人を愛し、何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる、幻想のなかの国だった」(『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』文春文庫 2012年)と、近代中国におけるアメリカ人の中国観を振り返る。

 だが中国とアメリカの第2次大戦以降の関係を振り返っただけでも、「多くのアメリカ人の心のなかに存在した中国」は幻想にすぎず、現実の中国は「アメリカとアメリカ人を愛し、何よりもアメリカ人のようでありたいと願う礼儀正しい従順な農民たちが満ちあふれる」国ではなかった。

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