前向きに読み解く経済の裏側

2018年12月17日

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 失恋して落ち込んでいる若者を経済学で励まそうと思い、以下を考えてみました。いかがでしょうか。

 君が失恋したと聞いてから、随分時間が経っているが、未だに落ち込んでいるようだね。失恋の痛手から立ち直るのが簡単でないことはわかるが、それを理解した上で、あえて経済学の観点からアドバイスさせてもらおう。

(weerapatkiatdumrong/Gettyimages)

サンクコスト:死んだ子の歳を数えて暮らすより……

 経済学には、サンクコストという考え方がある。「払ってしまった金のことは忘れて、未来志向で幸せを追求しよう」というものだ。ちなみに、サンクは「サンキュー」のサンクではなく、「沈んでしまった」という意味の単語である。

 買った本を読み始めたら、期待外れだったとする。「読むのを止めたら買った金が無駄になってしまう」と考えて最後まで読む人は多いが、その結果は「買った金と読んだ時間が無駄になる」ことだ(笑)。

 払ってしまった金は、本を読んでも読まなくても戻って来ない。それなら、戻って来ないもののことは忘れて、本を読むのと散歩に行くのとどちらが幸せかを考える方が良かろう。

 大切な宝物が壊れてしまったとする。破片を眺めて悲しんでいても、宝物は戻って来ない。それなら、壊れてしまった宝物のことを忘れて新しい宝物を探しに行くか美味しい物を食べるかした方が、破片を眺めているよりも幸せだろう。

 恋愛も同様だ。失恋してしまったら、その恋は戻って来ないのだから、失われてしまった恋のことは忘れて、新しい恋を探しに行くか、美味しい物を食べるかしたほうが、失恋で落ち込んでいるより幸せだろう。

 死んだ子の歳を数える、という言葉がある。死んだ子のことを考えながら仏壇の前で「あの子が生きていたら」などと考えながら暮らすことは、決して楽しくないだろうし、生産的でもないだろう。そんなことをしているより、未来志向になろう、という意味を言外に含んだ言葉だと思う。

 宝物や恋や子は、それを得るためのコストに関係なく、その物の価値が失われたことが重要なので、サンクコストという単語はふさわしくないかもしれない。サンク価値とでも呼ぶべきかもしれないが、ことの本質は同じであろう。

 もちろん、失った恋でも死んだ子でも、相手と共に過ごした幸せだった瞬間を思い出して幸せな気分になれるなら、いつまで覚えていても良いだろうが、悲しんでいるだけなら忘れた方が良い。

とても小さい確率は、現実より大きく見える

 もしかして、君は砕けてしまった恋が元に戻るかもしれないと思っているかな。君の恋がどのように壊れたのか、私は知らないので、恋が戻る可能性がどの程度なのかもわからない。

 「少しでも恋が戻る可能性があるなら、諦めない」ということであれば、それも自然な気持ちだろう。しかし、もしも客観的に見て恋が戻る可能性が限りなくゼロに近いのならば、諦めよう。いつまでも昔の恋人にアプローチをしているとストーカーになってしまうし、いつまでも遠くで昔の恋人が戻って来ることを期待しているだけでは何も起きないだろうから。

 問題は、限りなくゼロに近いかどうかを判断することが難しい、ということだ。人間は、限りなくゼロに近い確率は、実際より大きく感じてしまうようにできているからだ。

 飛行機が怖いと思ったり、宝くじが当たりそうな気がしたりするのと同様に、壊れた恋が戻って来る確率も実際より大きく感じてしまうのが普通なのだ。行動経済学という分野があり、経済学と心理学が融合したような学問なのだが、それが教えてくれることだ。

 特に、失恋した当事者であれば、自分では冷静な判断が難しいだろうから、第三者に状況を説明して、恋が戻る可能性が宝くじ並みに低いのかどうか、判断してもらうと良いかもしれない。

 まあ、「宝くじ並みに低い可能性でも諦めない」というのなら、私は何も言わない。君の人生だから、自分で判断したまえ。

 ただ、宝くじは数百円で夢が買えるが、恋が戻ると期待し続けるためのコストは大きい、ということはしっかり認識してもらいたい。機会費用というコストだ。

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