患者の生命力のみならず、人間の愛の強さに圧倒される
本書では、エイミーのように、著者が研究生活のなかで出会い、そこに確かに生きていることを見出してきた患者たちの事例が時系列に沿って語られる。
fMRI装置に入った患者に、「答えがノーなら、テニスをしているところを想像してください」と指示したり、ヒッチコックのサスペンス映画を見せて、鮮やかな色の斑点として描き出される脳活動を健常者と比べたり。
患者と家族のいまにも壊れそうな心にそっと寄り添いつつ、信頼性の高い方法をなんとか見出そうと試行錯誤する著者や同僚たちのたゆまぬ努力には、胸を打たれる。
12年間も植物状態と思われながら、完全に近い認識能力を保っていたスコット。ヒッチコックの映画を使った検査で意識が確認された映画好きのジェフ。回復したあとで、グレイ・ゾーンにいたときの経験や気持ちを語るケイトやフアン。
一人ひとりの患者と真摯に向き合い、検査方法を改善していくなかで患者とのコンタクトに成功し、意思の疎通ができたときの感動が、読者にも伝わってくる。
植物状態と診断されても、愛する人には意識があり、いずれ回復するのだと固く信じている家族の奮闘にも胸が熱くなる。10年以上も毎週末に息子を映画に連れて行った人、床ずれを防ごうと19年間ずっと1時間おきに夫の体を動かした人。患者の生命力のみならず、人間の愛の強さに圧倒される。
「私は何かせずにはいられなかった。モーリーン(著者の元恋人)や、私たちがスキャンした患者たちのためにだけではなく、スキャナーに入って、内なる声を聞いてもらう機会をまだ得ていない、無数の声なき人々のためにも」と、著者は吐露している。
「意識とは何か」をあらためて問い直す
本書の全編を通じて通奏低音のように語られるのが、著者の母親とかつての恋人の脳の病気。さらに、著者自身の少年時代の悪性リンパ腫からの生還体験である。
著者と同じ神経心理学者だったモーリーンとの恋と別れ。臨床か研究かと激しく口論した苦い思い出。運命のいたずらのように、モーリーンはくも膜下出血で植物状態と診断され、ついに回復することなく約20年後に逝ってしまう。
こうした経験に育まれた共感や使命感が著者を衝き動かし、グレイ・ゾーンにとらわれた人の声をなんとか聞きたい、虚無の淵から救い出したい、と研究に向かわせるのだ。
「グレイ・ゾーンの科学とは、あらゆる人生の価値を肯定すること」。そう語る著者と周囲の人びとの旅路に、何度も落涙した。
「グレイ・ゾーンは私たちに、意識はあるかないかのどちらという問題ではないことを教えてくれる。オンかオフか、黒か白かで決着をつけるような問題ではない。グレイにはさまざまな色合いがある」と、著者はいう。そのとおりだと思う。
脳科学の最新知見にとどまらず、意識とは何かをあらためて問い直す、心震わせる傑作ノンフィクションである。
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