旧優生保護法のもと強制不妊手術をされた人たちが、相次いで国を提訴している。声を上げた人たちの勇気によって、優生学の忌まわしき過去が、日本でも掘り起こされようとしているのだ。
メンデルやダーウィンが遺伝の概念と初めて出会ったとき、のちにナチスドイツが優生学による「民族浄化」の名目で断種や強制収容、さらには殺人まで犯すことになろうとは、夢にも思わなかっただろう。
本書は、「科学の歴史上、最も強力かつ”危険”な概念のひとつである遺伝子の誕生と成長と未来についての物語」である。以前本欄でご紹介した『がん 4000年の歴史』(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8267)でピュリッツァー賞に輝いた医師が、今度は「遺伝子」の全てを語り尽くした。
遺伝子の発見から、解読、編集にいたるまで
著者は1970年、インド・ニューデリー生まれ。スタンフォード大、オックスフォード大で学び、ハーバード・メディカル・スクールを卒業している。血液のがんを専門とする医師で、現在は、コロンビア大学メディカル・センター准教授である。
デビュー作の『がん 4000年の歴史』でいきなりピュリッツァー賞、ガーディアン賞など多くの賞を受賞し、「タイム」誌の「オールタイム・ベストノンフィクション」にも選ばれた。本書も、「ニューヨーク・タイムズ」ベストセラー・リストの「ノンフィクション部門」1位を獲得し、32か国に版権が売れているという。
約800もの参考文献をもとに、1865年以降の科学史のハイライトを生き生きと再現してみせる一方、差別を生む影の側面も容赦なくえぐり出す。
専門の血液学、腫瘍学を基本とする分子生物学の専門知識はもとより、幅広い教養と巧みな比喩を駆使した筆力には、ただただ圧倒された。
19世紀後半にメンデルが発見した遺伝の法則、ダーウィンの進化論、そして、ナチスドイツが利用した優生学による「民族浄化」、第二次世界大戦後のワトソン、クリックによるDNA二重らせん構造の発見。
やがて、遺伝子組み換えやクローニングなど、急激な研究の進展に危機感を覚えた科学者たちによるアシロマ会議へと、歴史は動く。モラトリアム解禁後は、世界を巻き込んだヒトゲノム解読競争、ポストゲノムのエピジェネティクス研究、さらには山中伸弥教授らによるiPS細胞樹立、そしてゲノム編集の時代へ。
遺伝子の発見から、解読、編集にいたる「遺伝子全史」が、あますところなく網羅されているといっていい。