2024年11月22日(金)

安保激変

2019年1月18日

平時からグレーゾーン事態に対応するために

 第二は、いわゆる「プレゼンス・オペレーション」のための能力である。「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「ア 平時からグレーゾーンの事態への対応」という項目では、「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する」という一文に加えて、「全ての領域における能力を活用して、我が国周辺において広域にわたり常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動を行うとともに、柔軟に選択される抑止措置等により事態の発生・深刻化を未然に防止する」という記述が続いている。

 ここでいう「柔軟に選択される抑止措置」とは、米国防省では”flexible deterrent options:FDO”と呼ばれている概念で、「敵国の活動に適切なシグナルと影響を与えるため、事前に計画され、外交・情報・軍事・経済の各要素を慎重に組み合わせて行われる活動」とされる。FDOに相当する記述は、2015年4月に策定された「日米ガイドライン」に既に含まれていたが、それを大綱において、日本自身が重視する防衛力の役割として再度強調しているのは、プレゼンス・オペレーションを支える能力が自衛隊の体制整備にあたっての優先事項と強く結び付いていることを示唆している。

 より具体的に言えば、今後建造される多機能・コンパクト化された新型護衛艦(FFM)や、いずも型護衛艦とF-35Bの組み合わせは、東シナ海から南シナ海、インド洋に繋がるシーレーンにおいて、米国や英仏などの西側諸国や東南アジア諸国と一体となったプレゼンス・オペレーションおよびFDOに活用することを念頭に置いていると考えられる。

 自衛隊のリージョナル・プレゼンスを増加させたいという狙いからは、「自由で開かれたアジア太平洋」という戦略ビジョンと運用構想との繋がりを見出すことができる。また弾道ミサイル脅威のようなハイエンド環境に備えるイージス艦に代わって、より小型のFFMや新型哨戒艦を建造し、プレゼンス・パトロールに従事させることも平時からグレーゾーン事態への対処には有効だろう。

費用対効果はよく吟味すべき

 他方で、いずも型護衛艦とF-35Bがこのような任務を持続的に行うことの費用対効果はよく吟味されるべきであろう。たしかに、中国が空母「遼寧」の運用を常態化させ、国産空母の運用を開始しようとしている中で、日本の護衛艦が「艦載機」を伴って南シナ海や西太平洋に遊弋することは、東南アジア諸国に一定の安心を与えるはずだ。しかしそれは裏を返せば、このようなパッケージが有効に機能するのは、平時のローエンド環境下で「存在感を示す」任務に限定されるということでもある。

 十分な自己防衛能力を持たないいずもは、現時点でも他の汎用護衛艦やイージス艦に守られながら活動することを前提としているが、中国の対艦弾道ミサイル(ASBM)や爆撃機からの対艦巡航ミサイル(ASCM)に晒されながら、ハイエンド環境下で活動を継続することは実際には困難であろう。特にF-35Bが搭載されることによって、いずもの軍事的価値がより高くなるとすれば、相手にとって攻撃目標としての優先度合いが高まり、それを警戒して我が方はより防御を厚くする必要が生じ、かえって艦隊全体の運用コストが高まる懸念もある。とりわけ、発進後の探知が難しいステルス機の場合、相手にとっては発進前に出撃拠点を先制攻撃で撃破しようとする誘因が高まることも考慮されるべきであろう。

 いずも型護衛艦による「訓練」という名目でのプレゼンス・オペレーションは、既に2017年から南シナ海やインド洋などで行われており、それ自体は有益と言える。しかし、現状に加えてF-35B運用のための多額の改修費用と長期の改修期間を費やすことが、優先すべき事項であるかは疑問である。

 第四のポイントは、長射程ミサイル=スタンドオフ防衛能力の獲得・強化である。「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」のうち、「イ 島嶼部を含む我が国に対する攻撃への対応」という項目では、「海上優勢・航空優勢の確保が困難な状況になった場合でも、侵攻部隊の脅威圏の外から、その接近・上陸を阻止する」との記述がある。25大綱までの記述では、海上優勢・航空優勢の確保は所与のものとされていた。その点30大綱では、海上優勢・航空優勢が確保できない可能性も踏まえて、島嶼防衛用高速滑空弾による島嶼間射撃や、JASSM・JSM・LRASMといった巡航ミサイルによるスタンドオフ能力を保持する必要性を正面から議論しているのは適切である。

 なお、同じ項目には「ミサイル、航空機等の経空攻撃に対しては、最適の手段により、機動的かつ持続的に対応するとともに、被害を局限し、自衛隊の各種能力及び能力発揮の基盤を維持する」との記述も見られる。こちらの記述はややわかりにくいものの、「最適の手段により」との表現からは、発射されるミサイルへの迎撃に専念するのではなく、ミサイルの発射母体となる爆撃機等に対する阻止攻撃を視野に入れているようにも読める。


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