「統合ミサイル防空」能力、
対処すべき脅威対象に事実上中国を含める
第五のポイントは、「総合ミサイル防空」能力である。これは、従来の弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile Defense:BMD)を発展させた、いわゆる「IAMD(Integrated Air and Missile Defense)」という概念に相当するもので、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機等の多様化・複雑化する経空脅威に対し、効果的・効率的な対処を行い、被害を局限する必要から極めて重要である。IAMD能力を使って対処すべき脅威対象は明記されていないものの、従来のBMDが北朝鮮の弾道ミサイル脅威だけを想定していたのに対し、巡航ミサイルや航空機等の多様な経空脅威を視野に入れていることは、事実上中国をその対象に含むということを意味する。
加えて、陸自のイージス・アショア部隊新編に象徴されるように、各自衛隊で個別に運用してきた防空装備を一体的に運用する体制を確立し、平素から常時継続的な防護能力を確保して、多数の複合的な経空脅威対処を強化するといった視点も評価できるだろう。イージス・アショア1基あたりの単価は1202億円と決して安い装備品ではない。それでも従来日本周辺でのミサイル防衛任務にかかりきりとなっていたイージス艦を解放し、より安価な運用コストで24時間の警戒監視体制を敷くことができるとすれば、その役割は他の装備には代え難い。また新型の迎撃ミサイル=SM-3BlockⅡAの能力とも相まって、日本からグアムを含む西太平洋の広域防空が可能となれば、当該地域に米軍が安定的に前方展開を継続し、米国の政治指導者が意思決定するリスクを緩和することにも繋がる。これは日本の「主体的・自主的」な努力により、日米同盟を強化する好例と言えるだろう。
もっとも、平成31年度防衛予算には、イージス・アショアに巡航ミサイル防衛能力を付与する費用は含まれていない。しかし、上記のように防衛大綱に実質的なIAMD能力の重視が書き込まれたこと、特に中国の巡航ミサイル脅威から岩国や三沢などの地域重要拠点を守る必要性を考慮すれば、山口と秋田に配備を想定しているイージス・アショアにも巡航ミサイル防衛能力機能が付与されることが望まれる。
他方で、「日米間の基本的な役割分担を踏まえ、日米同盟全体の抑止力の強化のため、ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力の在り方についても引き続き検討の上、必要な措置を講ずる」との記述が、25大綱から全く変更のないまま維持されたことは残念である。ここで言う「ミサイル発射手段等に対する我が国の対応能力」とは、いわゆる「策源地攻撃能力」ないし「敵基地攻撃能力」を言い換えた表現であるが、中国・北朝鮮のミサイル脅威が急速に高まっていることを踏まえるならば、スタンドオフ「防衛」能力といった政治的な言い回しに囚われることなく、日本が保有すべき攻撃能力やその運用構想、必要となる法整備等について、より踏み込んだ記述をすべきであった。
ところで、策源地攻撃能力に関する記述が、なぜミサイル防衛の項目に書かれているかについては、前述の能力評価の説明と合わせて考えればより理解が深まるのでないだろうか。つまりここで想定されている攻撃能力とは、相手の攻撃能力をこちらの攻撃によって低減させることで飛来するミサイルの数を減らし、その相乗効果によって我が方ミサイル防衛による迎撃効率を向上させるというシナリオの下で迎撃能力のギャップを埋めるために検討されているものであり、相手国に壊滅的な打撃を与えるような能力でもなければ、侵略を意図したものでもないということだ。
機動・展開能力、持続性・強靭性の強化
第六のポイントは、機動・展開能力の強化である。有事に必要となる部隊を平素から当該地域に展開しておくことは、プレゼンス・オペレーションと同じく一定の抑止効果を持つ反面、いざ有事となった場合に相手の先制攻撃に対する脆弱性を併せ持つことになる。このバランスを考慮したとき、島嶼部を含めて迅速かつ一定規模の機動・展開を行いうる能力の強化は不可欠である。とりわけ30大綱では、陸海空自衛隊が共同の海上輸送部隊を保持することが明記された。これは統合運用を促進する観点からも評価できるだろう。
第七のポイントは、持続性・強靱性の強化である。前述のとおり、冷戦期の防衛力整備は自衛隊の運用よりも存在を優先し、機能的・地理的に欠落のない防衛力を配備することに重点が置かれていた。この背景には、戦闘機などの正面装備の取得・配備・運用に至るまでには数年単位の時間がかかる一方、弾薬や燃料を緊急調達する際にかかる時間は相対的に短期間で可能との判断があったと思われるが、実際に有事となれば、弾薬や燃料の不足は防衛力の崩壊に直結する。したがって、BMD用の迎撃ミサイルやスタンドオフミサイルなどを十分に確保することに重点が置かれていることは適切である。強靭性については、戦闘機の分散パッドやミサイル攻撃を受けた滑走路の復旧支援機材の拡充、緊急時に民間空港・港湾を利用できるようにするための調整なども重要であろう。