安保激変

2019年1月18日

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村野 将 (むらの・まさし)

ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て現職。日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program,米国務省International Visitor LeadershipProgram(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

 したがってこの作業フローでは、(1)対処すべきシナリオの設定、(2)能力ギャップの特定(能力評価)、(3)ギャップを埋めていくポートフォリオの優先順位付けが重要になる。評価に用いられているシナリオや具体的な能力パラメータは非公開であるが、この評価手法の原型とされる米国の「能力ベースプランニング」と呼ばれるアプローチを参照すると、どのような作業が行われているかの大枠はイメージすることができる。

 米国では、評価に用いるシナリオを必要に応じて数十通り作成すると言われているが、グローバルな兵力展開を前提とする米軍と、ある程度対処局面が限定される自衛隊とでは、当然評価シナリオの内容やパターンに違いがあると考えるのが自然だ。想像の域を出ないものの、常識の範囲内で考えれば、朝鮮半島有事や南西正面での島嶼防衛といった大まかな地域別事態を想定した上で、各種事態の様相に応じてシナリオを細分化しているものと推測される。

現在の自衛隊が抱える能力ギャップをどう埋めるか

 これらのシナリオと所定の評価基準に基づいて、統合運用の観点から、現在の自衛隊が抱える能力ギャップを特定する能力評価が行われる。ここでも米軍で用いられている評価項目を参考にすると、まず統合能力は、戦力運用、指揮統制、戦闘空間認識、ネットワーク、防御、兵站といった機能に分類され、更に各機能の構成要素が細かく階層別に整理される。例えば、戦力運用に関する機能は、対水上作戦、対潜水艦作戦、防勢対航空作戦、防空網制圧作戦、宇宙コントロール作戦といった統合作戦を行う際のドメイン別の能力に分類され、更にそれらの作戦を実施するのに必要な機能分野が細分化される。これらを具体的な評価シナリオに当てはめてシミュレーションを実施すると、現時点での能力ギャップが科学的に導き出されるという仕組みである。

 ただし、能力評価の結果は防衛力整備に直結するわけではない。ここで科学的に導き出されるのは、機能・能力ギャップだけであり、それらを埋めるために必要となるポートフォリオの優先順位は、防衛技術基盤の維持といった要素や、財務省・陸海空各幕内での予算折衝といった様々な政治判断を含む形で選択的に決定されていくからだ。

 例えば、10の機能・能力領域にわたって計1000ポイント分の能力ギャップが明らかになったとする。そのうち次期予算サイクルの執行予算規模で埋めることのできるギャップが500ポイント分だったとき、これらをどのように埋めていくかは防衛計画に関わる当局者とそれに指示を与える政治的意思に委ねられている。またギャップを埋める追加投資を行うにあたっては、目標水準に到達するまでにあと少しなのか、圧倒的不足があり5~10年の投資では焼け石に水なのか、あるいは純軍事的には必要であっても、政治的・法的制約から実運用が困難な場合……というように、各機能・能力ギャップには質的・量的な違いがあるため、使える500ポイントを均等に割り振ればよいわけではない。

 例えば、評価の結果、戦闘機への対処能力に不足が見つかったと仮定してみよう。これを是正する方策には、(1)空対空戦闘能力の向上(a戦闘機の能力向上[機動性、ステルス性、兵装搭載量、レーダー性能等]、b戦闘機の量的強化、c空対空ミサイルの能力向上(誘導性能、長射程[スタンドオフ]化等)、d搭乗員の訓練改善、(2)地対空・艦対空戦闘能力の向上(長射程対空ミサイルの前方・分散配備)、(3)戦力増幅機能の向上(a早期警戒管制能力、b空中給油能力、c電子戦能力、d飛行場等の兵站基盤の増強)、(4)統合作戦構想の見直し……などのように様々な選択肢がある。

 あるいは戦闘機の能力や数で劣勢にある場合でも、相手の出撃拠点となる航空基地や兵站支援拠点を攻撃したり、指揮通信機能をサイバー攻撃によって弱体化させることができれば、戦闘機と直接交戦する機会を減らして、航空優勢を維持できるかもしれない。また、これらの能力を重複させて運用に柔軟性を持たせるという考え方もあれば、ある能力の欠落を他領域の量的強化で補うという考え方もあろう。他にも、対北朝鮮有事で優先されるのは、一義的には弾道ミサイル防衛能力だが、対中国有事を想定する場合には、弾道ミサイル以外にも、巡航ミサイルや戦闘機などの経空脅威対処、対艦攻撃能力の強化といった必要が生じるように、潜在的脅威が表面化するシナリオのパターンによって重視すべき能力は変わってくる。

宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化

 前述のように、これらの評価結果は、現在の自衛隊の弱点を露呈することと同じであるため、当然非公開である。しかし、防衛大綱に記載されている「Ⅲ-1(3)防衛力が果たすべき役割」という小項目と、それに続く「Ⅳ 防衛力強化にあたっての優先事項」「Ⅴ 自衛隊の体制等」にある記述を合わせて読むことで、どのような評価が導かれたのかをある程度推測することはできるだろう。

 最もわかりやすい例は、30大綱全体で何度も強調されている、宇宙・サイバー・電磁波領域における能力獲得とその強化である。これらはいかなるシナリオを想定するにしても、現代の戦闘様相を支える指揮統制・情報通信ネットワークや、各種ミサイルを含む多様な経空脅威に対する早期警戒能力の要となるものであり、強化の方向性は理にかなっている。また、宇宙・サイバー・電磁波いずれの領域においても、相手から妨害・攻撃を受けた場合に被害を局限し、機能を保証する手段の一つとして、各領域での相手の活動を妨げる能力を自衛隊が獲得・強化していくことが盛り込まれている点も評価できる。

 ただし、宇宙・サイバー・電磁波領域で「優位」を確保すると言う場合、どのような質的・量的評価基準を設けて、その判断を行うのかはよくわからない。また、有事の際に「攻撃に用いられる相手方のサイバー空間の利用を妨げる能力」を追求するには、「自衛隊の指揮通信システムやネットワークに係る常時継続的な監視」を行うだけでは不十分であり、平素から相手のネットワークに侵入して有事に移行する段階で即座に妨害を仕掛けるための脆弱性をあらかじめ特定しておく必要がある。果たして、自衛隊がそのような平素からの攻勢的対サイバー作戦を行うつもりなのか、あるいは法的・能力的にそのような作戦を行いうるのかについては、30大綱の記述からは読み取れない。

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