2022年8月15日(月)

Wedge REPORT

2019年2月14日

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宮川公男 (みやかわ・ただお)

一橋大学名誉教授、麗澤大学名誉教授、元(財)統計研究会理事長。著者に『基本統計学』(有斐閣)、『政策科学の基礎』(東洋経済新報社)、「統計学でリスクと向き合う」(東洋経済新報社)、「統計学の日本史」(東京大学出版会)など多数。

あらためて大隈重信を想いおこそう

 私がここで考えるのは、明治維新における国政のリーダーの一人であり、統計のよき理解者であった大隈重信がもし存命ならば、彼からどんなコメントがなされただろうかということです。明治新政府で大蔵卿(大蔵大臣)、そして後に内閣総理大臣を2回も勤めた大隈は、「統計伯」とさえいわれたほど統計の重要性を認識し、明治14年には政府内に統計院の新設を建議し、自らその院長に就任しています。その時彼は統計の重要性について、統計によって国の状態を明らかにしなければ「政府則チ施政ノ便ヲ失フ。過去施政ノ結果ヲ鑑照セザレバ政府其施策ノ利弊ヲ知ルニ由ナシ」といい、そのためのものとして「統計ニ若クハナシ」といっています。

 しかし、財政がきわめて困難な時期で陸海軍をはじめ政府各省とも経費節減を余儀なくされており、統計院は大隈の道楽といった非難もあり、いわゆる「明治14年の政変」もあって、大隈は退官を余儀なくされ、その後統計院も統計局に格下げされ大幅に縮小されました。そして大隈は翌15年4月には立憲改進党を結成してその総理となり、同年10月には後35年に早稲田大学となった東京専門学校を創立しております。

 大隈は明治30年に再び政府に関わりを持つことになり、農商務省に入りましたが、そこで作成されている統計に間違いや嘘が多いことを発見しました。例えば水産統計において、水産物の収穫量や金額が長い間ほとんど増えていないことは、水産業人口の多さ、運輸交通の発達、消費の増加などから判断するとおかしいのではないか、塩の生産統計においても人口増や塩の化学的応用の発達などを考えると統計数字が過小ではないかということです。彼はその結果内務省、大蔵省、逓信省、農商務省など諸省が、「間違った数字を互に現わして互に喧嘩をする水掛論」となり、国の行政があたかも「羅針盤を持たずに航海するようになっているのは嘆かわしい」といい、そのような状況を改めるためには単一の中央統計機関をつくることが必要であることを強調しています。

 明治31年6月30日に大隈は第3次伊藤博文内閣の後を受けて内閣総理大臣に就任しましたが、その直前6月25日に開かれた官民の統計関係者の交流・研究の場であった統計懇話会での講話で「今日の世の中は議論の世の中になって…帝国議会に於いては、国務大臣政府委員と議員とが議論で国政をやって行く。…その議論の根拠には…是非一つの学理から拠る所のものがなければならぬ。…段々議論が進んで行くに従って議論を決するものは一つの証拠である。…此問題は何で決するか、ここに拠るべきの統計があるか、無いかである。」といっております。ここでは国政における政策決定(Policy making)のための議論においては堅い根拠(base)となる証拠(evidence)が必要であり、それが統計であるという考え方、すなわち現代におけるEBPM(Evidence-Based-Policy-Making)の思想そのものが簡潔に表現されているのです。

 以上のような明治維新期の偉人大隈重信の残した数々の名言と足跡は、現在国会での論戦に関わっている安倍総理大臣以下閣僚、議員、官僚をはじめ、それを見守る私たち国民にとってもきわめて示唆に富むものといえます。昨年明治150年を迎え、その間の最大ともいえる難しい危機に直面している平成末期からポスト平成の時代に入ろうとしている今、あらためて国や社会の向かうべき方向を判断する羅針盤としての統計について認識を深めるべきでありましょう。

  
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