2024年11月21日(木)

サムライ弁護士の一刀両断

2019年3月1日

ダウンロード違法化の拡大の何が危ういのか

 では、現時点で検討されている法改正に対しては、なぜ慎重な議論を求める声が上がっているのでしょうか。

 言い換えると、ダウンロード違法化の拡大にはどのような危うさがあるのでしょうか。

(1) 対象が広すぎることの危惧感

 まずは、対象となる行為が広すぎるということです。

 イラスト、漫画、写真などの静止画像やテキスト情報は、個人の端末への複製が簡単です。そして、多くの人がごく当たり前にネット上の画像やテキストを複製して利用しています。

 音楽や動画の場合は、多くの場合、ネットから個人の端末に複製するためには意識的なダウンロードが必要でしょう(なお、ストリーミング配信を単に再生するのは「複製」にあたらないとされますので、配信サイトの動画をダウンロードせずに見るような場合は、著作権法違反の問題にはなりません)。

 これに対して画像やテキスト情報は、あまりダウンロードと意識されていないような行為であっても、著作権法上の「複製」にあたる場合があります。

 たとえば、ネット上で気に入った写真やイラストを、待ち受け画面などに使うつもりで保存した経験がある方は多いと思いますが、そういった行為は「複製」にあたります。

 また、情報サイトやブログなどのテキストの一部をコピーして、それをメモ帳アプリなどにペーストして保存するのも「複製」にあたると思われます。

 さらには、スマートフォンで調べものをしたときなど、ウェブサイトのスクリーンショットをメモ代わりにしている方も多いと思いますが、それも「複製」と解釈される可能性があります。

 仮に著作権分科会の提言に則する形で法改正がなされた場合、違法にアップロードされた画像やテキストを、そのような形で何気なく保存した場合でも、著作権侵害とされる可能性が出てきます。

(2) 違法アップロードを見分けるのは容易ではない

 次に、ネット上の著作物について、違法にアップロードされたものかを判断するのは必ずしも容易ではありません。

 特に画像やテキストは、音楽や動画と比べてアップロードが容易でネット上に存在する数も格段に多いと思われます。

 著作権に無頓着な人が、自分のブログなどに、第三者が撮影したり描いたりした写真やイラストを許可なく掲載してしまうことは極めてありがちです。

 また、ブログや情報サイトの記事の中には、漫画やアニメの画像や、歌詞や小説の一節などを著作権法上の引用の形を取ることなく無許可で掲載することもよく見られます。これらも著作権を侵害する態様でアップロードされたものといえます。

 さらに漫画やイラストに関連していえば、同人誌・同人イラストなどの形で発表される二次創作物の中には、権利者の明確な許可を得ておらず、著作権法の扱いがグレーなものが相当数含まれています。

 最近では、権利者側が二次創作に関する詳細なガイドラインを置くことも少なくなくありませんが、権利者が二次創作に対する態度を明らかにしておらず、常識的な範囲内での二次創作が事実上黙認されているというのが依然として大半です。これらの二次創作物は、明確な許諾を得ていない以上、著作権侵害の可能性が否定しきれません。

 過去にはある著名な作品の同人誌について、その内容などからファン活動を逸脱していると判断した権利者が作者を告訴し、逮捕に発展した事例もあります。

 このように、画像や文章について、著作権侵害がないかどうかを判断するのは、必ずしも容易ではありません。

(3) ネットを介した情報のやり取りが委縮しかねない

 仮に、著作権を侵害するイラストや文章を個人の端末に保存した場合であっても、その時点で権利侵害があることを知らなかったのであれば、法改正がなされた後でも違法になることはないと思われます。

 しかし、だから良いというわけではありません。問題はユーザが「これを保存すると違法になるかもしれない」と考えることで、ネットを介した情報のやり取りが委縮してしまうことにあります。

 ネット上の文章について、適法か分からないことを理由に保存することを躊躇するようになった場合、学術研究やビジネスの検討のスピードが損なわれるおそれがあるでしょう。

 また、漫画やアニメなどの場合には、二次創作を含むファン活動に支えられている側面が大きいといえますが、ダウンロード違法化が過度に拡大することによりファン活動が委縮することが懸念されます。

 海賊版サイトに悩まされているはずの漫画家の中から、ダウンロード違法化の拡大に対して少なからぬ反対意見が出てきているのは、そのような事情によるものと思われます。

 ダウンロード違法化の拡大はあくまで海賊版サイト等の抑止が目的のはずですが、それ以上にインターネットを介した活動全体が委縮してしまいかねない危うさがあります。

(4) 刑事罰の設定には特に慎重な議論が必要

 さらに、刑事罰を設定することについては特に慎重を期す必要があるでしょう。

 画像や文字の情報は、多くの人が、違法にアップロードされたものかどうかを特に意識することなく、何気なく保存して利用していると思われます。

 そのような何気ない行為に刑事罰を設定するような場合、著作権侵害を口実に当局がいつでも一般人を摘発できてしまうことにもなりかねません。大げさに思えるかも知れませんが、そうなると表現活動ばかりか社会全体が委縮してしまう危うさがあるといえます。

 著作権分科会の報告書のなかには、「これまでに録音・録画に関しても検挙例はなく、刑事罰は、専ら抑止効果として機能しているのが現状である」などとする箇所があり、あたかも刑事罰が拡大されたとしても、当局が慎重に運用さえすれば深刻な影響は生じないと考えているかにもみえます。

 しかし、「法律で刑事罰を定める」ということは、「実際に刑事罰を適用することができる」いうことにほかなりません。現時点では慎重な運用がされているとしても、当局が突如方針を変更し、刑事罰の厳格な適用にシフトすることがあり得ます。

 なお、現在検討中の法案では、刑事罰の適用については、“正規版が有償で提供されているものが対象”、“違法であることを確定的に知っていたことが必要”、“継続的に反復して行う場合であること”などの絞りをかけることが想定されているようです。

 仮にそうであれば、二次創作物のダウンロードなどが刑事罰の対象とされないなど、刑事罰の適用はある程度限定されたものになるのではないかと思われます。

 しかし、それでもなお、何気ない行為を刑事罰の対象とすることそれ自体により、インターネット上の情報流通の委縮してしまう懸念は払拭できないでしょう。

 刑事罰の適用についてはなおも慎重な検討が必要と考えます。


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