2022年12月10日(土)

Wedge REPORT

2019年4月1日

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伝統か、スポーツか

 相撲道云々と横審や協会側は強く主張するが、正直に言えば観客の人たちにもかなりの相撲マニアを除けばそんな細かいことなど浸透していない。自分も含め、世の中の多くの人たちは〝正しい万歳三唱や三本締め〟について詳しく知らないのが現状だろう。ネット上で鬼の首をとったかのように白鵬叩きを続けている人たちも、まずほとんどが知ったかぶりしていることは容易に想像がつく。

 横綱だから日本の伝統文化である相撲道を知っていて当たり前という風潮があるかもしれないが、そもそも白鵬は日本人ではなく外国人力士だ。果たしてどこまで協会側や宮城野親方は日本の相撲道の何たるかを白鵬に教え込んでいたのだろうか。

 おそらく横審同様、彼らは問題が起こった時だけ口うるさく言うだけで根本的な解決に繋がるはずのコンプライアンス面の指導はずっとおろそかになっているに違いない。そう邪推すれば、別に白鵬は確信犯でやらかしているのではなく、日本の相撲道を完ぺきに理解していないことで失敗を重ねているのではないかとやや同情したくもなる。

 やはり背景には「日本の伝統文化・相撲道」云々と言いながら反面で近年、ロクに整備もしないまま大相撲のスポーツ化を急速に押し進めようとしている協会側の姿勢にも問題があるように思う。日本人力士が作り上げてきた大相撲の歴史から乖離して国際化を図ったことで外国人力士たちが一気に増え、頂点に立つ現在の2横綱は鶴竜、そして白鵬のモンゴル人力士たちだ。

 特に白鵬は長い歴史を持つ大相撲で「最強横綱」と称されるほど秀逸の成績と無類の強さを満天下に誇示しているが、その下地にあるのが日本人力士とは良くも悪くもかけ離れる「勝負へのこだわり」である。とにかく勝てばいい――。

 そういう考えがいい意味でも悪い意味でも強過ぎるから、どうしても古来日本から伝統とされてきた横綱の品格をないがしろにしてしまっているような気がしてならない。とはいえ、もともと白鵬は外国人なのだから我々が幼い頃から教育を受けてきた日本人的な考えはどうしても備わっておらず、ずれが生じて来るのも無理はないと考える。

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