二股戦略が危機に
エルドアン氏が米国の説得を振り切り、ロシアからの兵器システムの導入に踏み切ったのはなぜか。それには大きく言って2つの理由がある。1つは政敵ギュレンシ師の送還問題だ。エルドアン氏がクーデター未遂の黒幕とするギュレン師は現在、米ペンシルベニア州の山中に事実上の亡命中だが、なんとしても米国からの強制送還を実現させたかった。
エルドアン氏は当初、強権志向でウマが合うトランプ氏ならギュレン師を引き渡してくれるのではないかと思いこんだフシがある。だが、案に反してトランプ政権はギュレン師の送還に応ぜず、完全に当てが外れてしまった。期待が大きかっただけに失望もまた大きく、故に対米関係は悪化の一途をたどった。
エルドアン氏はさらに「サウジアラビアの反政府ジャーナリスト、カショギ氏の殺害事件を利用してギュレン師の送還を獲得しようと図った」(ベイルート筋)。事件を穏便に解決したい米国から、サウジへの追及を和らげることと引き換えに、ギュレン師送還を成し遂げようとしたが、これにも失敗した。
もう1つの理由は、シリアのクルド人に対するトランプ政権の対応への反発だ。トルコにとって、シリアのクルド人はテロ集団と見なす自国の反体制クルド人組織「クルド労働者党」(PKK)と連携する勢力だ。米軍の支援を受けたシリアのクルド人が過激派組織「イスラム国」(IS)を掃 討する中、シリア北部一帯で勢力を拡大したことを安全保障上の深刻な問題として懸念した。
トランプ大統領がシリア駐留米軍の撤退を発表した後、米国はトルコに対し、クルド人を攻撃しないよう要求。これにエルドアン氏が激怒し、両国の話し合いは膠着状態に陥った。その後、米国はシリアに400人規模の部隊を残留させる方針に転換したが、エルドアン氏は困った立場に追い込まれた。米部隊に損害を与えかねないため、クルド人への越境攻撃ができなくなったからだ。
エルドアン大統領はこうして対米関係が悪化する中、ますますプーチン大統領との関係を深めていき、「S400」の導入にまで踏み込んだ。エルドアン氏にとってみれば、ロシアとの親密な関係を見せつけることにより、米国から譲歩を勝ち取りたいとの思惑もあったかもしれない。
だが、今回、米国が事実上、F35の供給停止をトルコに通告、エルドアン氏の米ロを天秤に掛けた「二股戦略」が危機に瀕することになった。生き残りの名人といわれる同氏の出方が見ものだ。
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