2024年11月25日(月)

Wedge REPORT

2009年11月20日

 欧米の環境問題担当者や研究者の間では、その限界削減費用曲線からもわかるように、「2020年段階で許容できる排出権価格は50~60ドル」と言われており、日本との乖離は大きい。これで国際競争は凌げない。削減義務がない国の排出権調達コストがない企業とは勝負にならない。

 政策当局は結局、産業活動や生活に大きな影響を与えない排出権価格になるよう、甘めのキャップを設定するか、CDM(クリーン開発メカニズム。削減義務を負う先進国が、負わない開発途上国において技術・資金等の支援を行い、削減した排出量を自国のクレジットとして充当するしくみ)などから生まれた海外クレジット(排出権)を大量に市場に供給するか、排出権価格の安い海外市場とリンクさせるなどの対処を取るだろう。日本の国内対策に経済メカニズムはたいした効力を発揮せず、海外クレジットに頼ることとなる。

 企業が排出枠を競争入札で購入するオークション方式の排出権取引制度や炭素税であれば、先の公平性の問題はクリアできるが、排出権価格や炭素税率が諸外国に比べ圧倒的に高くなってしまう二つ目の問題は解決できないから日本に導入することは難しい。

 国際競争力の維持を考えれば、経済メカニズムがあってもなくても結局海外クレジット頼みになる。配分の不公平という問題がある以上、排出権取引制度の導入は避けたほうがいい。

厳しいキャップは製造業をつぶす

 国際競争力を損なっても、与える排出枠を絞り込む厳しい排出権取引制度を導入すべきという考え方はどうか。

 この問題は、日本がこれから何で飯を食っていくのかを考えなければならない。資源の少ない日本は、外貨を稼がなければならない。端的に言えば、飯のタネは金融なのか、製造業なのか、ということである。

 それが製造業であると考えるなら、そのような厳しい排出権取引制度は百害あって一利なしだ。さきほど触れた国際競争上の不利益だけではない。市場で決まる排出権価格が見通せない不確実性が、設備投資意欲の減退を招く。製造業はこぞって、削減義務のない国へ移転するだろう。大量排出産業である鉄鋼、セメント、化学業界の空洞化は避けられない。「日本が避けるべきは、『温暖化対策不況』だ。マジメに、“真水”の削減のために、国内の企業に厳しい排出量規制を行い、企業が工場を排出量規制のない中国など発展途上国に移設し、国内の雇用の減少・産業の空洞化が進展し、中国などの経済だけが発展する、という愚を犯すべきではない」(『「温暖化」がカネになる』の筆者、北村慶氏)。

 問題は、世界の鉄鋼や化学品に対する欲求にキャップ(枠)がかかっていないことだ。これから途上国を中心に基礎素材への需要は増大する一方なのに、日本だけが鉄や化学品の国内生産をやめたところで、必ず代わりに生産する企業が現れる。その企業が排出義務を負っておらず、エネルギー効率の悪い設備を用いれば、日本企業が生産していたよりもCO2が多く排出されるというリーケージ(漏出)が起きる。

 日本は大量排出産業から撤退し、グリーン産業にシフトすべきという議論も「産業連携」がわかっていない。エコカーをつくるには、高級鋼が必要で、燃費効率のよい航空機をつくるには炭素繊維が必要なのだ。

 これまで述べてきた、理想と現実の乖離は、すでに取引制度(EU−ETS)を導入しているEU、導入を目指す米国の実態を見ればよくわかる。


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