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WEDGE REPORT

2019年6月3日

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布施哲 (ふせ・さとる)

テレビ朝日ワシントン支局長

1997年上智大学法学部卒業、同年テレビ朝日入社。これまで政治部記者として国内政治を取材。防衛大学校総合安全保障研究科修了(国際安全保障学修士)、安倍ジャーナリストフェロー、フルブライト奨学生としてジョージタウン大学、米CSBA(戦略・予算評価センター)での客員フェローを経て現職。関心分野は米中関係、日米同盟、安全保障問題、中国および台湾による米国におけるロビー活動など。主な学術論文や著書に『米軍と人民解放軍』(講談社現代新書)、『対中アクセス拒否戦略』(国際安全保障学会最優秀新人論文賞)、『南シナ海問題の軍事的側面と戦略的意味』(慶應大学)など。

「オバマ憎し」という第二の要因

 ロシア疑惑による国内政治状況の悪化に加えて、無視できないもう一つの要因が「オバマ憎し」だ。

 トランプ氏が大統領選に出馬した理由の一つとしてワシントンで定着しているのが、オバマ前大統領に対する対抗心、復讐心というものだ。トランプ政権の内幕を鋭く描いてベストセラーとなった「Fire and Fury」では、11年のホワイトハウス記者会主催のディナーの場で、当時大統領だったオバマ氏にジョークのネタにされた時の屈辱感が描かれている。

 挨拶に立つと巧みな弁舌とジョークで、その場の記者たちの心をつかむオバマ氏。当時「オバマ氏はアメリカ生まれではないのではないか」と攻撃し続けていたトランプ氏をネタにしたのであった。オバマ氏のジョークに会場の記者たちが爆笑する中、ゲストとして出席していたトランプ氏が屈辱感に耐える様子が今でも映像として残っている。トランプ氏にとってはさながらオバマ氏とメディアがタッグを組んで、満座の席で自分を笑いものにした、とも取れる構図だった。

 この経験から復讐を誓って大統領選への出馬を決意したという説である。「フェイク・ニュース」と主要メディアをことさら敵視する原点も意外とここにある、と考えれば理解しやすいかもしれない。

 そうした「オバマ憎し」は端々で散見され、特に北朝鮮の話題で顕著に表れている。いわく「この問題を放置していたオバマや民主党政権」、「オバマをはじめ過去の政権の尻ぬぐいをしている」、「オバマは北朝鮮と開戦する寸前だった。私の政権になってミサイル発射も核実験もなくなった」といった調子である。ハノイでの記者会見でも「オバマ政権はこの問題で8年間、何もしなかった」と2度にわたって皮肉っている。

 憎きオバマですら、できなかったことを自分はやっているし、やり遂げる。北朝鮮問題にこだわるトランプ大統領の心象風景はそんなところなのだろう。

 そうであればこそ、米朝交渉での成果はオバマ氏を超えるものでなければならない。それが米朝交渉での行動基準となるため、完全な非核化に大きくつながる成果で合意する必要がある。だからこそ、ハノイでトランプ大統領は経済支援や制裁解除の代わりに北朝鮮側が一気に包括的な非核化を進める「Big Deal」を金委員長に提案している。

 逆に、実質的進展なしに見返りを与えるような中途半端な合意をすれば、それこそ、トランプ大統領が批判してきたオバマをはじめとする歴代政権と同じ轍を踏むことになる。

 そんな展開は「オバマ憎し」を政治的エネルギーとするトランプ大統領にとっては到底受け入れ難いものであり、政治的計算から言っても、来年の大統領選挙に向けた決定的な成果とはいえない。

 こうした二つの要因から、いったん撤退して次回での大きな合意を目指すべき――。トランプ大統領はそう判断したというのが筆者の推測である。

 トランプ大統領をこの2年間悩ませてきたロシア疑惑については、モラー特別検察官の捜査報告書に大統領の訴追や弾劾に直接結びつく事実関係が盛り込まれていなかったことで、ひとまず最初の大きな山を越えたといっていい。

 今後、脱税など、ロシア疑惑以外のルートでの捜査の過程で、政治的ダメージにつながる事実が出てくる可能性は十二分にあるものの、ただちに来年の大統領選での再選が危ぶまれるような事態は当面、回避できたといっていいだろう。

 これで北朝鮮問題に関して「オバマにできなかった」レガシー作りにまい進できる政治的環境が整ったことになる。明言している通り今後3回目の米朝首脳会談を追求していくだろう。

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