2024年4月24日(水)

WEDGE REPORT

2019年6月3日

せめぎ合う「2つのアメリカ」  

 今後の展開を占う上での重要な視点が「2つのアメリカ」によるせめぎ合いだ。一言でアメリカといっても、政府内外に様々な政治アクターが存在して影響力を行使している。北朝鮮問題では圧倒的に権限を行使できる大統領がいて、その周りには外交官や軍人、インテリジェンス機関など様々な専門家が取り巻く。

 そうした専門家、実務家の間には過去の経緯やアメリカの国益に即した、だいたいの「相場観」や「セオリー」が共有されている。そうした相場観やセオリーが大統領への助言や実際の政策、方針に反映される。北朝鮮問題でいえば「北朝鮮は過去に見返りだけを得て、非核化に応じてこなかった経緯があり、警戒すべき」という反省、教訓はアメリカの専門家の間で広く認識されている。

 しかし、ことトランプ大統領にはそれが必ずしも当てはまらない。むしろ、往々にして専門家が共有しているセオリーや相場観と異なる方向に行く。専門家の懐疑的な見方とは裏腹に、北朝鮮の非核化の意思について楽観的とも取れるような見方を示している。

 つまり今のアメリカは「トランプ大統領」というアメリカと、「官僚機構や専門家集団」というアメリカの、大きく分けて「2つのアメリカ」がギャップや溝を抱えながら、時に一致したり、不一致を見せたり、せめぎ合いながら対外政策が決定されている。

 「2つのアメリカ」のせめぎ合いについてはタイム誌が頑なにインテリジェンス機関の分析評価を軽視したり、無視したりするトランプ大統領を描いている。

 インド洋にあるアメリカ軍の重要拠点であるディエゴ・ガルシア島の説明の際にトランプ大統領の口から出た質問が「そこはいいビーチなのか?」だったというエピソードは別として、特に自身の見解に沿わない分析を示されると、激高したり無視したりするという。北朝鮮が爆破、閉鎖したとするプンゲリの核実験場については、「いつでも再開可能な状態」とする情報機関の警告を無視して、大きな成果だとアピールし続けている。

 米朝交渉をめぐる今のアメリカ政府は大まかに2つのグループに分けられる。

 まず、北朝鮮との更なる対話の実現に前向きなトランプ大統領だ。そこにポンペオ国務長官が側近としてインナーサークルを形成している。ポンペオ長官はトランプ大統領とホワイトハウスで多いときは週2回ほど昼食を共にする関係にある。そのポンペオ長官率いる国務省は段階的アプローチをはじめ、合意を目指すことに積極的であるとされる。

 これに対して警戒の目を注ぐのが、対北強硬派で知られるボルトン大統領補佐官であり、国防総省の中の制服組の軍人、そしてインテリジェンス機関コミュニティだ。ただ、ボルトン補佐官がトランプ大統領にどこまで「刺さっている」かは微妙だ。持論は強硬論だが、身体を張ってトランプ大統領を翻意させるほどの説得をするキャラクターとは見なされていない。トランプ大統領との関係についても、ファーストネームがジョンであるボルトン補佐官を、トランプ大統領がよく「マイク、マイク」と言い間違えるのは広く知られたエピソードだ。

 軍やインテリジェンス機関はというと、北朝鮮問題で時にトランプ大統領の立場や見解と異なる分析を堂々と公の場で開陳することは少なくない。3月27日の下院軍事委員会の公聴会では、エイブラムス在韓米軍司令官が「北朝鮮の活動を監視している範囲では非核化の兆候は見られない」と証言し、「金委員長が非核化に本気だ」と強調しているトランプ大統領との立場の違いを鮮明にしている。

 中国に対しても同様だ。トランプ大統領が「中国はよくやってくれている」と評価する一方で、デビッドソン・インド太平洋軍司令官は北朝鮮船舶による瀬取りと呼ばれる制裁逃れに対する監視で、いかに中国が非協力的かを明らかにしている。議会証言では「我々の監視活動を横で見ているだけで、何の支援もしない。ゼロだ。自国の領海内での監視活動さえ、しっかりやっていない」とまで言っている。

 大統領との見解の相違を恐れず、公に専門的見地から意見を述べる姿勢は、政治に左右されないプロフェッショナリズムの発露であり、外交交渉や政策決定に不可欠な客観的な状況の認識を提供している。同時にこれは専門家集団である「もう一つのアメリカ」による、トランプ大統領の独断専行に対する「静かな抵抗」と見ることもできるだろう。

 デビッドソン司令官の議会証言について国防総省幹部に話を聞いたことがある。省内の議会担当者が総出で1カ月以上かけて想定問答を作り、証言内容については事前にホワイトハウスと擦り合わせることはないという。「北朝鮮の非核化の可能性についての見積もりではホワイトハウスとギャップがありますが」と訊ねると、幹部は何も言わず、ただ肩をすくめて見せた。

 大統領が絶大な権限を握っていることは確かではあるものの、今後も節目で専門家集団からの「異議申し立て」や「抵抗」が様々な形で打ち出されることは間違いなく、「2つのアメリカ」のせめぎ合いの中で対北朝鮮政策が決定されていくだろう。


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