迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年6月23日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

サバイバル力の弱化

 そして、3番目は、人材育成の話。

 日本企業は終身雇用のうえ、社内でじっくりと人材を育成する。これは一般的に、美談として扱われているが、果たしてそうなのか。

 日本企業の「人材育成」とは、「長期的視野に立って現実に企業に貢献できる人材を育成すること」(ブリタニカ国際大百科事典)とされている。

 では、「人材」とは何か。ウィキペディアを調べると、こう書いてある――。「人材」とは、才能があり、役に立つ人物。すなわち社会に貢献する(contribute to society)個人のこと。「会社」ではなく、「社会に貢献する人」なのである。つまり特定の所属会社・企業を超えて、広範に社会に貢献できる人のことである。この定義に基づけば、人材は特定の企業にとどまることなく、どの企業に所属しても(転職しても)、あるいは独立・起業しても、社会に貢献できる人のことである。言い換えれば、人材とは、いつでも特定の所属企業から離れられる人なのだ。そうした「離れる力」、いわゆる「遠心力」、あるいは競争社会における「サバイバル力」を持っているということだ。

 こうして見ると、世界で通用する「人材」の要件と日本企業で行われている「人材育成」の実態との間に、少なからずギャップが存在していることが分かる。「特定の会社・企業に貢献できる」人イコール「社会に貢献できる」人なのか、答えは自ずと見えてくる。

 会社を辞めても困らない人、どこへ行っても食べていける人、そうした「人材」を日本企業が育ててこなかった。いや、むしろこのような「人材」を排斥すらしてきた向きもある。そんな中でついに、時代が変わろうとしている。終身雇用制度はもはや存続できなくなったのである。

 本稿で述べた前2つの問題について、終身雇用制度が崩壊する暁には、「無形天引き」されてきた「終身雇用保険料」の精算も、転勤制度の終了も、比較的簡単に実現できるのだが、3番目の「社会・世界に通用する人材」の再教育だけは一朝一夕にできるものではない。そこで個人ベースの「サバイバル力」の有無多寡で、新たな格差が形成されるだろう。「会社員」から真の「社会人」への脱皮という過渡期に、日本企業がどのように社員をサポートするか、社会的責任が問われようとしている。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

  
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