明治の反知性主義が見た中国

2019年6月29日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

日本の政治家の「小ささ」を嘆く

 ここから戸水は一気に積極論に転じた。

 「若し真に日本風の文明を以て支那を靡かし日本の勢力を支那に樹立せうと欲するならば」、とどのつまり戦争しかない。だが「支那に対して戦争を為すに非ず」。やはり「露西亜に対して戦争を為すのです」。

 「露西亜に対して戦争をすれば無論日本が勝つ」。「日本が勝てば支那も朝鮮も必ず日本に寄せて日本の為すところを学ばうとします」。「其時に於て日本風の文明を以て此両国を靡かすのは」難しいことではない。かくして戦争に勝利すれば「日本の勢力を此両国に樹立するのは」、やはり難しくはない。「今日必要なのは唯一の戦争です」。だから「此の事を解し得無い人は共に支那現今の事情を語るに足らない」ということになる。

 北京を後に戸水は張家口に向う。

 中国における旅の困難さについては既に多くの先人が記しているので省くが、通貨の不便さについて戸水は、「支那は不便の国で到る処通用する銭の違ふのには閉口です」。「何故支那の政府は紙幣を発行」しないのかと言えば、紙幣発行のための「正貨準備に困難を感ずる」からだ。「正貨は沢山あるけれとも之を保管するのが六ヶ敷」。なぜかというと役人に保管させたら、「何時の間には其正貨が役人の懐に入り政府の正貨が減するの恐が有る」からだ。紙幣発行の条件はあるものの、その紙幣の価値を保障する本位貨幣(銀本位制の中国の場合は銀貨)を役人が私腹してしまうのである。これでは紙幣発行は不可能だ。

 ここで頭に浮かぶのは、林語堂が『中国=文化と思想』(講談社学術文庫 1999年)に示した「収賄汚職は人民にとっては罪悪であるが、家族にとっては美徳である」との見解である。人民にとっては「罪悪」であっても、家族にとっては「美徳」。いわば家族が人民よりも国家よりも優先するのである。そのうえ役人の世界は「官官相護(役人同士の庇い合い)」という、もう一つの「美徳」で鞏固に守られている。かくて「支那は困りた国です何処までも亡国の兆を帯びて居ます」と結論づける。 

 「張家口は蒙古と支那の貿易の中心であり且つ茶を露西亞に送る関門です」。そして張家口郊外は、どうやらロシアの影響下に置かれていた。だから、そこでは「露西亞の言葉が通ずる」。「張家口に於て露西亞人が専管居留地を設けたい」と言っているが、この点からも「露西亞人の意思は察せられる」。

 「張家口に至る迄鉄道を敷いて張家口に於て専管居留地を設けて露西亞の勢力を其辺りに扶植してそうして北京を圧伏する積りである」から、このままロシアの行動を拱手傍観することがあったなら、「北京は露西亞人の圧伏を蒙るに至るのである」。だから「吾日本国民は如何なる事を為してそれに応じて良からうか大いに考究を要す」と問題提起をし、最後に持論の披瀝に及ぶこととなった。

 「成る可く速に露西亜と戦争をなし露西亜の勢力を挫いて仕舞つたならば北京は露西亞人の圧伏を蒙ることはなからうと思ふ」。それというのも、「出来得るならば日本の勢力を少なくとも張家口迄速に伸ばしたいのである」からだ。とは言うもののロシア勢力を駆逐し、北京から張家口を結ぶ一帯を日本の影響下に置くなどという事が簡単にできるわけがない。

 だが戸水は断固として突き進む。

 「露西亜は既に満州を席巻した上にまた是の如き雄図を企てて居る」。ここでいう「是の如き雄図」とは「『ゴビ』の沙漠を横断して張家口まで鉄道を敷設せうとして居る」ことを指すが、「露西亜と東洋の覇権を争ふところの日本は默して之を見て居るのは得策で無い」。だから「寧ろ露西亜と一戦して日本人の方が優者であることを支那人に示し然る後日本の勢力を支那に展はすことか必要である」。だから「何卒日本の志士は海外の事情に注目して国威を宣揚するの術を講じて欲しい」。だが、「翻て日本の事情を観るに日本の政治家は小忿争に従事して居る」のみで、情けなくも口惜しいことに、何らの有効策を打ち出せない。

 戸水は「日本の政治家のする仕事の規模の小なるを実に憫んで居る」と嘆いた後、「ちつとはさう云ふ政治家は大陸に行て大規模の仕事を見て来るが良からうと思ふ」。「壮大なる心を懐いて世界に雄飛するの計画を立てて欲しいものです」と呼び掛け、旅を終えた。

 戸水寛人は「バイカル博士」とも呼ばれ、東京帝国大学法科大学教授当時の明治37(1904)年の日露戦争開戦に当り、富井政章らと共に時の桂太郎首相・小村壽太郎外相に向けて「七博士意見書」を発表し、ロシア帝国に武力進攻してバイカル湖以東の東シベリアの占領を強く主張している。引用は戸水寛人『東亞旅行談』(有斐閣書房・東京堂 明治36年)に従った。

連載:明治の反知性主義が見た中国

  
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