2023年2月8日(水)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年7月6日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

板門店会談で笑えないヒトとは?

 トランプが笑っている。金正恩も笑っている。米朝の「喜劇ショー」に笑えないのは、中国の習近平主席である。中国は米朝交渉の仲介役を失い、北朝鮮カードを対米交渉に使えなくなるからだ。

 板門店での米朝首脳会談。どうやら、中国は知らされていなかったようだ。金正恩と習近平はそれぞれ2011年と2012年に国家トップの座に就いたが、その後の数年間に会っていなかった。昨今、米中貿易戦争の激化に伴い、習と金が頻繁に会うようになったのも、対米関係をめぐって両者が利用し合ったり、様々な利害関係や思惑が入り交じることを背景にしている。

 そこで中国に通告せずに、金正恩は板門店に出向きトランプと会うことになった。中国は裏切られた思いで、怒りを覚えずにはいられないだろう。金は中国にあるメッセージを送った――。

 「中国なしでも、俺はトランプと会えるし、話もできる」

 一方、対朝関係で中国の仲介役に期待を寄せては失望させられ続けてきたトランプもまた同じように、中国を排除し、米中朝の三角関係を断ち切ろうとした。このたびの板門店会談はまさに象徴的な出来事であった。

 前2回の米朝首脳会談は決してうまくいったわけではない。にもかかわらず、トランプは金正恩との関係維持に腐心し、リップサービスも忘れることはなかった。中朝という二つの敵と同時に戦えば、敵同士の連帯を強めるだけで、米国には不利である。故に敵同士の分断が有効で、各個撃破的な戦略がベスト・アプローチとなる。トランプは帝王学に精通している。

 中国と北朝鮮という二つの敵を前にどちらかを選択するというのは、日本人的な感覚では考えられない。選択というのは、常に「善」と「悪」の間で行われるものではない。「最悪」と「次悪」の間での選択も実務上度々必要となる。いや、時には「最悪」同士間という究極の選択を強いられることもある。その場合は、選択された方の「最悪」を「次悪」に改造したり、あるいは「最悪A」を利用して「最悪B」を除去してから、最終的に「最悪A」を殲滅する、といった「極悪型」アプローチもあり得る。

 北朝鮮も同様な状況に置かれている。米中という「悪」同士から選ばなければならない。選択のルールも同じだ。金正恩は決して中国の子分でい続けることに満足しているわけではない。そこで「悪」同士である米中を天秤にかけて利用価値を見積もるわけだ。

 トランプにとって北朝鮮と中国の二者、どちらも厳しい交渉が待っているが、どちらが比較的に容易に妥結できるかといえば、北朝鮮である。米朝交渉の主な障害はたった一つ、核廃棄である。ならば、「核廃棄」を「核凍結」に格下げすれば、妥結の可能性が出てくるだろう。

 少し大胆な発想になるが、キーは、北朝鮮の改革開放を米中のどちらが主導するかだ。米国がその主導権を何らかの形で勝ち取った場合、38度線が対馬に下りてくるのでなく、鴨緑江に上がっていくことも一つのシナリオになる。

 このような仮説が仮にその一部だけでも現実になった場合、板門店の米朝首脳会談という「ショー」は、歴史的ドラマの序幕と位置付けられるだろう。

  
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