補講 北朝鮮入門

2019年7月23日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学准教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 ただし、「主体思想」「先軍思想」が否定されたわけではない。改正憲法序文において、とりわけ金日成の業績を称える文脈で「主体」は8回も言及されており、そのうち2回は「主体思想」と明記されている。憲法本文でも、経済や文化などで「主体」という用語が6回出てくる。一方、金正日時代の主流だった「先軍思想」への言及は完全に消えた。金正日の実績として「先軍政治」に序文で1回言及するのみである。そもそも包括的な概念である「金日成・金正日主義」は「主体思想」「先軍思想」の理念を含んでいるのである。

<第26条 朝鮮民主主義人民共和国に用意された自立的民族経済は、人民の幸福な社会主義生活と祖国の隆盛繁栄のためのしっかりとした基礎である。

 国家は、社会主義自立的民族経済建設路線を掌握して、人民経済の主体化、現代化、情報化、科学化を打ち立て、人民経済を高度に発展させた主体的な経済にして、完全な社会主義社会に合う物質技術的土台を構築するために闘争する。>

<第41条 朝鮮民主主義人民共和国は、社会主義勤労者達のために服務する真の人民的で革命的な文化を建設する。

 国家は、社会主義的民族文化建設で帝国主義の文化的浸透を排撃し、主体性の原則と歴史主義原則、科学性の原則で民俗文化遺産を保護して社会主義の現実に合うよう継承発展させる。>

<第50条 国家は、科学研究事業で主体を打ち立て、先進科学技術を積極的に受け入れ、科学研究部門に対する国家的投資を高めて、新たな科学技術分野を開拓し、国の科学技術を世界的水準に引き上げる。>

<第52条 国家は、民族的形式に社会主義的内容を込めた主体的で革命的な文化芸術を発展させる。

 国家は、創作家、芸術家達が思想芸術性が高い作品を多く創作し、広範な大衆が文芸活動に広く参加するようにする。>

金正日の業績「核保有国」は削除されず

 改正憲法の序文にはまた、金正日の業績として「核保有国」という言葉が従来のまま残っている。米国から経済制裁の一部解除などを勝ち取れれば削除するかもしれないと見られていたが、2月末のハノイでの第2回米朝首脳会談の結果は、そこまでではなかった。今後の米朝交渉も簡単には進まないであろうことを予感させる。

<偉大な領導者金正日同志は、世界社会主義体系の崩壊と帝国主義連合勢力の悪辣な反共和国圧殺攻勢の中で、先軍政治で偉大な首領金日成同志の高貴な遺産である社会主義獲得物を栄誉をもって守護され、われわれの祖国を不敗の政治思想強国、核保有国、無敵の軍事強国として転変させられ、社会主義強国建設の輝かしい大通路を開かれた。>

金正恩が元首であることを明記

 第二の特徴として、金正恩が務める「国務委員長」の職位が国家元首であることを明示したことを挙げられる。これまでの憲法では、国務委員長が「最高領導者」とされながらも、対外的な元首としての役割は最高人民会議常任委員長に与えられていると解釈される余地があった。最高指導者が「国家を代表する」と明確にした今回の改正は、形式的な正統性を重視する金正恩のスタイルとも言えそうだ。

<第100条 朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長は、国家を代表する朝鮮民主主義人民共和国の最高領導者である。>

 改正前は「国家を代表する」の一節が無く、「国家を代表して外国の使臣の信任状、召喚状を接受する」(第117条)と規定された最高人民会議常任委員会委員長が国家元首だとの解釈も可能であった。面白いことに、この条文はそのまま第116条に残されている。国務委員長が国家の代表ではあるが、信任状と召喚状の接受は最高人民会議常任委員長が担うという実態を反映したものと言える。

<第116条 最高人民会議常任委員会委員長は、常任委員会の事業を組織指導する。

 最高人民会議常任委員会委員長は、国家を代表して、外国の使臣の信任状、召喚状を接受する。>

 最高人民会議常任委員長は1998年9月の憲法改正時から、一貫して金永南が務めてきた。金永南は今年4月、91歳でついに引退し、後任には崔龍海党組織指導部長が就いた。同時に崔龍海は、国務委員会第1副委員長にも就任している。第1副委員長は新設ポストであるが、なぜか今回の改正にはそれが反映されていない。憲法を廃止してしまったリビアのカダフィ体制などとは異なり、法整備については細かい所までこだわりを持っている北朝鮮らしくない部分だ。

<第106条 国務委員会は、国家主権の最高政策的指導機関である。>

<第107条 国務委員会は、委員長、副委員長、委員達で構成する。>

 また、金日成政権時に国家主席を支えていた副主席たちは、1998年9月の主席制廃止で名実ともに引退し、最高人民会議で名誉副委員長の称号が付与されていた。その根拠となる、「最高人民会議常任委員会の名誉副委員長は、最 高人民会議代議員のうち、長期にわたり国家建設事業に参加して傑出した貢献をなした人がなれる」と規定されていた第114条は、今回の改正で削除された。理由は不明だが、党中心の国家体制に回帰している金正恩政権の特性を反映したものかもしれない。体制に寄与した老齢幹部には政府の名誉職ではなく、党できちんと処遇するということにした可能性がある。

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