「一人一社制」のもとでのし烈な競争
ここで、高卒の新卒者の採用について説明をしたい。文部科学省によるとここ数年の高校卒業者総数は約105∼106万人で、うち就職者数は17∼18万人程。厚生労働省の「高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職・就職内定状況」取りまとめによると、2018年入社の求人数は約47万5千人で、同10.4%の増。就職内定者数は約16万4千人で、同0.3%の増。内定率は 94.7%で、前年同期比0.4ポイントの上昇だった。好景気や労働力人口減少の影響もあり、「売り手市場」が続く。
高校生の就職活動・採用活動には、「健全な学校教育を最優先かつ適正な就職の機会を与える」ために、様々なルールや制限、制約がある。ルールは、主に三者間で周知されてきた。三者とは、厚生労働省・文部科学省などの行政、全国高等学校協会などの学校組織、主要経済団体(日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会)などだ。
主なルールの1つが、「一人一社制」(現在は45都道県で実施)である。求人公開日の7月1日から一定の期日(年や地域より違いがあるが、10月1日以降が多い)までは、生徒1人が1社だけの採用試験を受験する。内定を得た場合、原則としてその企業に就職する。内定が得られなかったときに、はじめて他社に応募できる。企業の採用担当者らによると、このルールがあることで、7月から9月(内定開始は2018年の場合、9月16日)までの短期決戦になる傾向があるという。現在のような好景気では拍車がかかるようだ。これらのルールやスケジュールは、地域により多少の違いがある。
全国の高校を訪問し、信頼関係を作る
鈴木組の高卒の新卒者(この場合は技能工)の採用活動の1つが、毎年、全国150程の高校への訪問だ。進路指導の教職員に、1994年に自社内に設立した「鈴木職業訓練校」(東京都公認)と、18歳の入社時から60歳の定年までのキャリアプラン「技能工昇進モデルプラン」を説明する。採用試験の受験を希望する生徒に、これらの趣旨を伝えてもらうためだ。「鈴木職業訓練校」「技能工昇進モデルプラン」は、後述する。
訪ねる地域は、秋田県や青森県を中心とした東北地方、鹿児島県や熊本県、宮崎県などの九州地方、さらに沖縄県が多い。普通科、工業科、商業科、農業科と幅広い。これらの地域には、同社が新卒採用を始めた25年以上前から、仕事上のつながりがあった。25年間で、採用実績のある高校も増えてきた。今は、鈴木組の事業内容や人材育成方針を深く理解する教職員は多いという。
「地方では高校の数が少ないため、教師間のつながりが深く、採用実績ができると、他の高校や教職員を紹介してもらえる場合がある。首都圏や名古屋などの中部地方、関西地方は経済圏が確立し、建設会社が多いために、弊社が参入するのは難しかった。東北、九州、沖縄を拠点にした採用活動を続けたことが功を奏した」(高野伸一郎専務取締役)
鈴木社長や高野取締役を中心に管理職、20代の社員(新卒で入社した技能工)が1校につき、2人で伺う。現在、2020年入社の新卒者の採用活動をしているが、すでに19年3月、東北の約30校を3泊4日で回った。通常は各地域でレンタカーを借りて動くが、1日に運転する距離は200キロを超える場合がある。各学校の進路指導の教職員には20分∼45分かけて、主に業界や会社を説明する。7月1日の解禁日以降は過去の採用実績がある高校を中心に訪問をするが、1校につき、3∼4回に及ぶ場合もある。
25年前当時は会社の知名度が地方では低く、10分も対応してもらえない高校があったが、訪問を粘り強く続けた。だが、進路指導の教職員の反応は必ずしもよくはなかった。地方で、東京の中小の建設会社の知名度はなかなか浸透しない。高野取締役は一時期、社長に全国の高校を訪問することを止めるように進言したという。毎年、150校程を訪問しても、採用試験を受験し、内定となり、入社するのは平均5∼8人。一方で、全国各地を動くための交通費や宿泊費、人件費は膨大な額になる。「中小企業で、この額を毎年捻出するのは難しい」(高野取締役)。
高野取締役は現在の役職に就任する前に、建設会社の社長をしていた。経営に精通するだけに、費用対効果を考え、いったんは中止するのが妥当と考えたようだ。だが、鈴木社長は学校訪問を続ける考えを変えなかった。無き父親の遺訓でもある「とび職などの技能工を正社員として雇い、育成する」ことにこだわった。
なお、行政、学校組織、経済界の三者による新卒採用のルールでは、この時点で企業側が生徒と直接会うことはできないことになっている。鈴木社長、高野取締役はともにこう話す。「学校側は弊社のことを生徒に話していただいているようではあるが、私たちが面接前に会うのは難しい。面接当日にはじめて会い、ほぼ全員に内定を通知する流れとなる。だからこそ、学校や進路指導の教職員との信頼関係が大切になる」
「例えば、九州や沖縄県の進路指導の教職員は私たちにこんなことを話してくださる。“当校で東京の会社で働きたいと願う生徒はいるが、すぐに辞めることが予想される場合は、御社(鈴木組)の採用試験を受験するように勧めてはいない。”おそらく、弊社の試験を受ける前に、学校内でセレクトをしているのだと思う。とび職などに関心が強い生徒を推薦してもらえるから、私たちは安心して内定を出している」(高野取締役)
ここ数年は、新卒で技能工として入社した20代の社員を学校訪問に同行させる。授業時間外に、後輩である高校生らに建設業界やとび職の仕事を実体験を交え、説明する。これは採用のルール(面接以前に、生徒と接触すること)を逸脱したものでなく、「先輩が後輩の進路相談に応じるもの」と鈴木組としては認識している。