「人間臭さ」が野球の大きな魅力
ただし、エンゼルスのルクロイが指摘したように「人間の要素」、つまり「人間臭さ」が野球の大きな魅力であることも確かだ。私が野球の取材を始めた1980年代、プロ野球の主力投手は異口同音にこう言っていた。
「ゲームに勝つには、相手打線を抑えることも重要だけど、その日のアンパイアのストライクゾーンを早めにつかむことも大切。高めに甘い人や厳しい人、内は(ストライクに)取るけど外は取らない人。いろんなタイプがいるからね。その日の体調やボールの見え方によってもゾーンが変わる。だから、最低、打者が一巡する三回ぐらいまでに、ゾーンの傾向をつかむんだ。そうしたら、後半から球の出し入れが楽にできるから」
将来、球審が〝完全ロボット化〟した未来の選手は、こんな味わいのあるコメントは口にしないだろう。そのころには、そんな手間暇をかける必要がないのだから。
元ソフトバンクヘッドコーチで、現役時代に広島の名捕手として知られた達川光男さんは若いころ、よく球審と口げんかしていたという。「捕る姿勢が悪い。ストライクかどうかわからん」と言われ、「そっちがしっかり見いや!」と言い返したりしていたそうだ。
しかし、ある日、同じ広島出身のベテラン審判から「捕手が背中を丸めて捕ってくれんと、わしらには見えにくいんじゃ」と懇々と諭された。以来、考えを改めたという。
「捕手と審判とは、言うなれば運命共同体よね。ちゃんと判定してもらえるような関係を築くことが大事。それが、ええ投手を育てることにもつながるんよ」
その達川さんのライバルで、のちにロッテのコーチとして里崎智也を育てた山中潔さん(現ノースアジア大学野球部監督)も、審判を味方につけるために様々な知恵を絞った。
「審判の人たちと挨拶や雑談ができるようになると、私から審判にお願いするんですよ。『ボールと判定されても文句は言わないですけど、ホントはストライクだったら、ちゃんとそう教えてくださいね』と。そうしたら、こっそり『いまのはストライクだったな』と言ってくれる審判が結構いました。そういうコミュニケーションを取って、良好な関係を築いていったんです」
審判も人間だから、判定を批判ばかりされていたら面白くない。とくに、口の悪い監督には意地悪もしたくなるだろう。時折、その標的にされていたのが、ヤクルト監督時代の野村克也さんだ。1993~94年の2年間、ノムさんの下で投手コーチを務めた河村保彦さんがこうコボしていたことがある。
「ノムさんと相性の悪い審判がいて、この人が球審のときは、『覚悟しとけ。そう易々と勝たせてやらんからな』と脅すんだよ。何をやるかというと、ウチの投手が際どいコースに投げた球、ストライクと言ってもいい球を、ことごとくボールと判定するんだな。
例えば、2ボール1ストライクから、ストライクで2-2にしようとした球をボールにされると、3ボール1ストライクになるだろ。そうすると、コントロールに自信のない若い投手は硬くなって四球を出したりする。そこからゲームが壊れたりするわけだ」
反則でもなければ、ミスジャッジでもない。人間で熟練の能力を持つ審判だけが使いこなせる〝裏技〟である。そんなものこそ機械によって撲滅してしまえ、と言われれば、そちらのほうが正論かもしれないが。
◎参考資料
○インターネット記事
Full-Count「米独立で〝ロボット審判〟導入されるも…昨季MVP男『審判のミスも野球の一部』」7月17日配信
Full-Count「米独立リーグで〝ロボット審判〟デビュー! 人間審判は好感触『仕事がしやすい』」7月12日配信
文春オンライン「米独立リーグで〝ロボット球審導入〟 近い将来MLBも?」神田洋 7月10日配信
TechCrunch Japan「メジャーリーグのピッチャーの投球を400万球分析して人間審判の誤審率を計算」Brian Heater 4月9日配信
○書籍
『キャッチャーという人生』赤坂英一著 講談社
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