三神峯公園の基地から歩くこと15分、開栓隊員の業務用エネルギー営業部・栗栖大輔主任の開栓作業に合流させてもらった。栗栖さんは若手の中から経験の多さを買われて抜擢された。開栓隊は、現場周辺に基地(バス)を置き、昼食時などに戻ってくる。現場での作業は、通常19時過ぎまで行われる。
開栓隊57名のうち3~4名が、現場に向かう隊員の割り振りを決める。取材に同行してくれた経営企画室・永田征人係長は「基地(バス)の設置場所によっては、作業現場に到着するまでかなり歩くことになる隊員もいます。基地から現場が遠い人は、できるだけ多く開栓するため、昼に戻ってこない者もいます」と教えてくれた。
栗栖さんに担当地域の地図を見せてもらうと、蛍光ペンで印が付けられている。その数の多さに驚くと「今日は50軒くらいですかね」と事もなげだ。50軒すんなり回ることができればよいが、不在の家があれば、時間を変えて再訪問しなければならない。
「ガスの開栓に来ました」と、呼び鈴を鳴らす。玄関から家主が出て来ると「本当にお待たせして申し訳ありませんでした」と、栗栖さんは頭を下げた。在宅が確認できると、まずは家の中のガス配管の点検を行う。ここで、首からかけていたホースが使われた。ホースの先にはガスの漏れがないかを確認する圧力計が接続されている。
ガスが漏れていないことが確認できると、ガスメーターの下にあるガス栓を開く。これは、震災後に別の閉栓隊が安全確保のために閉じたものだ。
これらが済むと家の中に入る。栗栖さんが、ガスコンロに異常がないか確認する。家人がそれをじっと見つめている。ガスコンロの横には、震災以降使っていたというカセットコンロが置かれたままだ。確認を済ませた栗栖さんがコンロのスイッチをひねる。「……」、無言で2秒くらい待つと、都市ガスの青い炎が上がった。家人の顔から満面の笑みがこぼれた。
台所が済むと、お風呂の点検に向かう。「今日から入ることができますか?」と家人に問われて、「今からでも大丈夫ですよ」と、栗栖さんも微笑んだ。ここまでの所用時間は10分もかかっていない。「お茶でもどうですか?」という労いを丁重に断ってから次の家に向かった。
同行している最中、ある家では栗栖さんが開栓を終えて玄関のドアを閉めたとたん、悲鳴のような声があがった。一瞬何事かと驚いたが、その家の親子の「やったー! 今日からお風呂に入れる」という歓喜の声だった。
「今日は基地が近いですから」と、13時も過ぎたころ、栗栖さんは昼食のため三神峯公園に戻った。復旧作業のなかで苦労したことなどを聞いても「自分たちの苦労なんて」と答えるだけで、「幼稚園に行って、ガスのお兄ちゃんが来たと、囲まれたときは嬉しかったですね」と話してくれた。10分も経たないうちに昼食をすませた栗栖さんは、再び現場に向かって行った。
多人数を束ねる組織の仕組みとは
取材から5日後の17日、予定よりも3日早く復旧作業がほぼ完了し、復旧対策隊の解散式が行われた。全国から51事業者、最大時で4200人が復旧に参加した。
これだけの人員をどのように指揮命令して、スムーズに動かしていったのか。大阪ガスの岡沢さんによれば、「全体を統括する大隊長から、各社を統括する中隊長、各エリアを統括する小隊長、エリアの責任者である班長……といった、指揮命令系統が明確なヒエラルキー型の組織になっています。さらに全員が『一日でも早く復旧を』という強い想いを持って集まっているので、組織一丸となった復旧活動が可能なのです」。
都市ガス業界では、最も古い事業者で40年程前から「天然ガス熱量転換」という、震災での開栓作業と同様に1件1件客先を訪問して面的にガスを開けていくという作業を経験している。そして、この作業で採用されているのが、指揮命令系統と作業エリアごとの責任分担が明確化された組織体系であった。この経験が阪神大震災の復旧活動でも活かされた。「この組織でポイントになるのは、各階層での統括責任者のスキル・経験・リーダーシップです。そのため、各社は通常、こうした活動には精鋭メンバーを惜しみなく投入しています」(岡沢さん)。
広島ガスの木村さんは「こうした経験をすると、若手は変わります」と話してくれた。被災して苦労している市民と身近に接することで、「一日でも早く温もりを届けたい」という気持ちが強くなるそうだ。全国のガス事業者の支え合いの場は、若いガスマンたちが育つ現場にもなっていた。
◇WEDGE REPORT 「インフラ復旧 危機対応の物語」
(1) ヤマト運輸
(2) NTTドコモ・NTT東日本
(3) 仙台市ガス局・日本ガス協会
(4) 東北電力
(5) 東日本旅客鉄道
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