野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年9月3日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

侮れない周庭さんらの「発信力」

 ただ、それだけでは説明がつかない。今回の反対運動はリーダーなき運動と言われている。逮捕された人々は確かにリーダー格ではあるが、個別の抗議行動について決定権を持つわけではない。今回の運動には特定の指導者や指導部はなく、ウエブでの書き込みなどを通して次の行動を決めていくアメーバ的な組織構造が特徴で、当局の取り締まりを困難にさせている。

 一方で、香港内部や国際社会への情報発信や意見表明には、やはりこうした知名人の存在は欠かせない。抗議行動の代弁者として、例えば欧米メディアには英語が上手な黄之峰さんがあたり、日本メディアには日本語が使える周庭さんがあたるという形で、それぞれがデモ参加者の思いを代弁する役割を果たしてきた。

 その発信力は、侮れないもので、特に香港経済の命運を握っている「香港政策法」を制御できる米議会の姿勢は、英語メディアの報道に大きく影響される。その情報源を断ち、運動側の士気をくじく狙いがあったと見ていい。中国政府が「黒幕」と認定している米国と繋がりを断ち切ることを当局は重視したことは不思議ではない。

 黄之峰さんや周庭さんら逮捕された一部の人々はすでに釈放されたが、刑事事件被告として裁判を待つ身になり、夜間の外出禁止など行動も制限される。海外渡航もできなくなる。区さんら立法会議員は、今後、議員資格なども問われる可能性がある。ほかの逮捕者も含めて、今後、言動が一定程度、制約されることは避けられないだろう。

 一方、31日のデモでは、相変わらず、警察による容赦ない逮捕行動が行われ、数十〜百人程度が警察に捕まったとされる。これまでの逮捕者は合計千人に達するという報道もある。民主派・本土派に影響力を持つリーダーたちの行動の自由を奪いながら、警察と対決する実行部隊を片っ端から逮捕していくスタンスである

 警察側の暴力は明らかにエスカレートしており、31日の摘発で無抵抗のデモ参加者を複数で囲んで殴打し、制止の懇願にも耳を貸さない映像は、警察を市民の味方と思ってきた香港市民に衝撃を与えた。

 最近、中国メディアは盛んに香港の民主派の象徴的人物である日刊紙アップルデイリーのジミー・ライ(黎智英)会長や、香港政府元政務司長・アンソン・チャン(陳方安生)、マーティン・リー(李柱銘)元民主党主席、何俊仁・民主党副主席らを「禍港四人幫(香港に禍をもたらす四人組)」と決めつけ、盛んに批判を加えている。

 特にアップルデイリーで全面的にデモ側に立って報道を行っているライ会長は目の上のたんこぶであり、香港政府が「四人組」に対する何らかの措置を講じてくる可能性もささやかれている。

 問題は、この警察の一連の行動がなぜ、この8月末というタイミングで一斉に行われたか、であろう。中国の官製メディアなどからここ一週間、融和的な評論が出ていることをもって中国の姿勢が変わったと受け止めた分析もあったが、それは早計であったかもしれない。

 10月1日の建国70年記念日に向けて「白色テロ」の手法も厭わない容赦ない摘発が今後も展開されていく可能性は高い。リーダーたちという「口」と、実行チームという「手足」を削られていくなかで、反対運動の人々はいかなる対抗策を考えるか。世界を驚かせてきた香港の抗議デモがいま重要な局面を迎えていることは間違いない。

  
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