この熱き人々

2019年11月25日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

ひだか まさひろ:1949年熊本県生まれ。音楽番組制作などを経て、83年、プロモーション会社「スマッシュ」を設立、海外アーティストを中心に招聘している。97年からフジロックフェスティバルを開催。
 
 
 
 
 
4万人収容のグリーンステージを埋め尽くす人々 Tsuyoshi Ikegami=写真

 真夏の越後湯沢駅に人があふれていた。行き先は、峠を越えた苗場スキー場で行われるフジロックフェスティバル会場。大渋滞の山道を車で1時間弱走って辿り着いた大自然の中、色とりどりのテントがひしめき、風に乗って重低音が響いてくる。日本最大級のロックフェス「フジロック」には今年、前夜祭を含めた3日間で13万人以上がやってきた。23回という歴史を重ねてなお、年々来場者が増えている。

 台風の影響で激しい雨が降ったり晴れ間が出たりという不安定な天候だが、それがどうしたという感じで、4万人以上入る最大のグリーンステージから数百人、数十人の小さなものまで14あるステージの好きな場所に人々は移動していく。

 

 日本で初めてこのとんでもないフェスを立ち上げ20年以上継続させてきた主催者の日高正博は、Tシャツと穴のあいたジーンズで本部テントの中にいた。痩身ながら周囲を圧倒する存在感が、狭いテント一杯に広がっている。苗場でずっと開催されているのにフジロックなのは、1回目が富士山の天神山スキー場で開催されたから。

 「俺は都市型のフェスには興味ないんです。交通の便がよくて天候にも左右されないのは便利で楽だけれど、俺が最初に考えたキャッチは『不便を楽しめ』だったから」

 

 世界中からアーティストを呼び自然の中の複数のステージで同時に様々な音楽を楽しむ。立っても座っても寝転んでも踊っても食べても飲んでも何でもあり。ドッグランには犬が走り、林の中のキッズランドでは子供たちが遊ぶ。野外のバーには世界各国の音楽が流れている。ロックフェスだけれど歌謡曲もあり、大道芸もあればNGOのブースもある。会場内の食堂には地元料理や地酒が並ぶ。人気メニューは漬物と納豆を混ぜてご飯にかけた「きりざい飯」。

 「最初は地元の人も『え~、ロックの人でしょ』と引いてたけどね。ロックの人だって洋食ばっかりじゃないよ。おにぎりとみそ汁も食ってんだよ。それにそもそもロックの人とか分けるのは日本だけだから。都会の人とか田舎の人とか外国の人とか。そういう括り、意味ある? すべてを含みすべてを取り込むのがフェスティバル。何でもありがフェスティバルだから」

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